シリーズ37

女性高等教育最前線ルポ

Part.2 東京女子大学
自分視点の狭い将来像を考えるより
自分の人生を楽しむ強さを身につけたい


東京女子大学 現代教養学部
金野 美奈子 教授
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
更新:2017/09/11
2016年4月、一億総活躍社会の実現を掲げる現政権の目玉施策として「女性活躍推進法」(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)が施行されたことは記憶に新しい。そこに潜む問題点、「男女雇用機会均等法」(1986年施行)以降の社会的な意識の変化、キャリアに対する考え方などについて、東京女子大学現代教養学部で仕事とジェンダーなどを研究されている金野美奈子教授(社会学)に話を伺った。

本質から目をそらさせる
女性活躍推進法

アベノミクス施策の一環として女性の雇用環境改善のため、一定規模以上の企業などに問題点の把握や改善指針の策定を求める「女性活躍推進法」が施行され、1年を経た。

「私は現場の動きに詳しいわけではないので、実際にどのように社会が変わったのかをお話するのには適任でないと思いますし、施行から1年でこの効果について分析するのは、まだ早いという気もします。ただ個人的には、『女性活躍推進法』のような法律がかかえる問題はとても大きく、その効果が出てしまうとむしろよくないのではないかと思うところがあります。法律ができたから推進しなければいけないという風に、あまり考えない方がよい部分もあると思うのです。

まず『活躍』という言葉を使うのであれば、女性に限らず、活躍という言葉にふさわしい、社会のためになる活躍をしてほしいと思うのですが、当然ながらこういう法律を読んでも、何がそういう意味で真の『活躍』なのか、ビジョンが見えてくるわけではありません。

斜め過ぎる見方かもしれませんけれど、もっと大事な問題から目をそらさせるものではないかと思わされることがあります。これは今に始まったことではなく、男女雇用機会均等法からずっとそうです。ですから若い人には、喧伝される動きにあまり踊らされず、自分の道を行ってほしいという思いがあります」

女性の比率が「活躍」の指標
という発想は問題

企業が問題点を認識し、解決策を考えるという意味では、何らかの効果があったのだろうか。

「私がこの法律のいちばんの『効果』だと思うのは、何が『問題』なのか、何がよい職場のあり方なのかについて、私たちの考え方そのものを、一定の方向にさらに誘導するという効果です。

たとえば、企業はこういう情報を開示しなさいという項目では、採用の際の男女比率、あるいは管理職の男女比率を教えなさいという話になります。私自身は、これらの比率が『良さ』の指標となることに懐疑的です。

むしろそういう政策は、私たちの目を性別というものにいっそう向けさせる役割を持ってしまいます。善意で作られた法律かもしれませんが、『女性が増えればよくなったような気がする』『女性が増えることは世の中がよくなった証』のような考え方を誘発する危惧があります。

つまり、政治的代表の議論などでもそうだと思いますが、『女性が増えたからいいことが起こった』と錯覚させる役割を持ってしまうのが非常に問題ではないかと、個人的には思っています。

もちろん働き方やいろんな環境がよくなった結果として、たとえば、もう意味のなくなった障壁が撤廃されたり、その職場にとって本来、活躍してほしい人に活躍してもらえるようになったりした結果として女性が増えるなら、歓迎すべきことだと思います。

しかし、男女比が近づいたから問題が少なくなった、男女比を近づけることがよりよい社会への道筋、などと思わせるのであれば、洗脳です。そういう動きが社会の中で前面に押し出されていくことが、今の社会のあり方を危惧している者としては、残念です。

どうしても、女性を増やすにはどうすればいいかという話になってしまいがちなところもあります。社会の何が問題なのかを問うときに、男女比の格差というのが大きな問題としてあるのだという見方が、『女性活躍推進法』によって補強されました。このような動きに対して、もっと本質的な議論を盛り上げていかなくてはと感じますし、そういう議論に参加しようという人が、若い人たちの中からたくさん出てきてくれればいいなと思います」

一億総活躍のかけ声の下で
仕事や働き方がモデル化されている

「より大きな文脈で言うと、一億総活躍などというかけ声の下で、仕事とか職場とかいうものに、これがスタンダードなのだ、いい働き方なのだと人を縛り付けているような流れがあると思います。モデルを立てて、みんなそれを目指してがんばりましょうと言っている。『女性は出産で辞めないでずっと続けましょう』『続けるのがいいことなのだ』という一つの方向を打ち出して、みんなそれを目指すという発想、雰囲気は恐ろしい。

今の若い人は素直なのか、学生と話をしていても、それをとても感じます。なるべくきれいに働くのがよいことだと。一つの企業で中断なく働くことを、『きれいに働く』と言っているのです。それを聞いたときにすごく驚き、同時に怖いと思いました。女性にはまだまだ活躍の場が少ないとも言われますが、これまで、男性に比べればむしろずっと自由な立場で、いろいろなライフキャリアを切り拓いてきた女性たちがたくさんいます。

ひと昔以上前の男性の働き方モデルが今の若い女性にとってめざすべきものとなっているというのは、皮肉な状況だと思います。

もちろん、一つのところでじっくり腰を据えて働く生き方に意味がないと言いたいのではありません。近ごろは将来不安ばかりが煽られていますから、若者の間で安定を求める気持ちが強くなっていることもあるでしょう。それでも、特に女性には、女性であることの有利な立場、つまり社会の既得権の中に縛られていないという自由な立場をもっと生かして自分の可能性を考えてくれたらいいのにという気持ちはあります。

それは自分のためだけでなく、ひいては社会全体のためにもなることだと思うからです。男性の中からも、のびのび生きようとする女性に自分も続きたいという人たちが、もっと出てくるのではないでしょうか」

女性も企業社会に組み込まれる現状だが
変えていく力があるはず

では、どのような視点を持てばよいのだろうか。

「私は男女雇用機会均等法の少し後の世代なのですが、そのころの職場のことなどが書かれた資料を今改めて読み返しますと、女性が総合職や男性のキャリアに入っていったときに、職場が動揺したというエピソードがたくさん出てきます。

その動揺の中身というのは、入ってきた女性がなかなか男性のルールで働かないで『急に残業と言わないでくれ』などと職場にもの申す。それを見た若い男性社員が、言ってもいいのだと気づいて言い始める、といったことです。外から入ってきた人間の新しい風のようなものが、あちこちでさざ波を立てた様子が垣間見えます(笑)。むしろ、そんな役割をしてくれたらいいのになと思います。

女性は、そういう力を持っているはずなのに、それがなくなっていくというか、企業社会に組み込まれていくことが女性にとっても当たり前になってしまって、外の視点というものが持ちにくくなっている。もったいないと思います。

みんな真っ黒のリクルートスーツを着て、同じ髪型で就職活動している姿を見ますと、『女性活躍とか言ってる場合じゃないだろう』と叫びたくなります。それ以前に、もっといろいろ考えなきゃいけない本当の問題がたくさんある。そういうことを考えられる人が、若い人に増えてくれるといいと思います」

将来設計より、状況に対応できる強さ
「キャリアプラン」には気をつけよ

「本音を言えば、キャリアプランなんて、あまり考えなくていいと思うのですが、なかなかストレートには言えないので(笑)。

今の学生は、自分で自分の将来をどのくらいプランニングしているかで、自立できるかどうかが決まると教え込まれているんですね。信じ込まされているというか。そうでなければ、人に流されて意味がない人生になってしまうと。そういう、強迫観念のようなものを、多かれ少なかれ持っているとすごく感じます。どのくらい将来をしっかり考えているかが勝負なんだと。

あまりにも何も考えていない人がいたら、少しは指針を持った方がいいというアドバイスは有益だと思いますし、それを否定するわけではありません。

でも、世の中は自分のためにあるわけではないし、その時々のさまざまな状況に自分が置かれてみて、そこでどうしていくかの積み重ねで、結果としてキャリアというものができてくると思うんです。

将来の見通しや、こういう人生を、などというものがあまり強固だと、いろんな弊害が出てきます。

一つは、今の自分が生きている環境に対する感性、今しかできないものに対する行動力が落ちてしまうことです。今、自分が生きていることに対するリアリティが希薄になってしまう。まじめな学生ほど、ともすれば先のことばかり考え、キャリアプランから『何をすればこの先役立つか』『先のために今がある』という考え方に引き込まれてしまいます。

繰り返しになりますが、私は、キャリアというものは結果的に積み重なってくるものだという考え方をした方がいいと思っています。その時々にどういう状況に置かれるかは、必ずしも自分で決められるものではありません。自分の思い通りにやっていくことが自立だと考えてしまうと、苦しくなるばかりです。

自分に考えつくくらいの狭い範囲の将来像に、本当に自分がはまってしまったら、むしろつまらない。自分の予想を超えていろんなことが起こるときに、その中で自分なりの人生を生き、楽しむことができる強さを持ってもらえたらいいなと思います。

キャリアプランという考え方のもう一つの問題は、どんどん自分に視点が向いてしまうというか、自分は将来どうしようかとばかり思ってしまい、周りの人との関係とか、いろいろな人と協力し合って自分があるという視点が後景に退いてしまうということだと思います。いろんな意味で、キャリアプランニングという言葉にはアンビバレントな気持ちを抱きます。『キャリアプランと言われたら気をつけろ』と申し上げたいですね(笑)。

最後に、男性に対するものと違う、女性に対する特別のキャリア教育というものがあるのかというと、私は必ずしもそうは思いません。高校の先生方には、これまでの女性のキャリアのいい面、自由で意義ある面もご理解いただき、将来を広く柔軟に考えてもらえるよう女子生徒にも男子生徒にもアドバイスしていただけるなら、素晴らしいと思います」

■東京女子大学(東京都杉並区)

▲金野 美奈子 教授

 
 
 
 
 
 
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