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第16回 Part.1

第16回 「はやぶさ」が太陽系大航海時代の扉を開く(1)
Part.1
本格探査に向けて技術を実証した、
はやぶさプロジェクト

宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所
月・惑星探査プログラムグループ 國中 均教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」が7年間にもおよぶ宇宙の旅を終え地球に帰還した。数々のトラブルに見舞われながらも世界で初めて地球と小惑星の往復航行を成し遂げたはやぶさの活躍は、日本の科学技術のレベルの高さを示すとともに、多くの人々に感動や感銘さえ与えたようだ。「はやぶさ」プロジェクトの中心メンバーの1人である宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の國中均教授を訪ね、はやぶさにかかわる研究、設定されたテーマの内容、その評価などについて話を伺った。(Part.1/全4回)

▲國中 均教授

小惑星探査機「はやぶさ」は7年間の宇宙の旅を終え地球に帰還し、夏には回収された帰還カプセルが数か所で展示された。来場者は8月中旬の時点で合計10万人以上に達し、はやぶさに対する関心の高さが浮き彫りになった。

波乱に富んだはやぶさの旅の様子は、新聞やテレビなどでも伝えられているが、そもそもはやぶさにはどのような目的やテーマがあり、宇宙の旅を実現するためにどのような研究や技術開発が行われたのだろうか?

そうした視点から「はやぶさプロジェクト」に迫るため、今回はプロジェクトの中心メンバーの1人である宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所の國中均教授を訪ね、話を伺ってみた。

國中教授は、はやぶさに搭載したイオンエンジンの研究に長年携わり、その運用面でも責任者としてリーダーシップを発揮した。また、東京大学大学院の教授も併任していて、イオンエンジンの研究は指導する学生とともに取り組んだのだという。

まず、はやぶさプロジェクトとは何をめざしたものだったのか、その大きな目的から教えていただくことにしよう。

「はやぶさプロジェクトは、小惑星や惑星からサンプルを持ち帰る(サンプルリターン)ための工学技術を実証、評価することを目的としたプロジェクトです。このプロジェクトの主な技術テーマは4つあります。それは、イオンエンジンによる惑星間航行、自律的な航法と誘導による小惑星への接近・着陸、微小重力下の天体表面のサンプル採取、リエントリー(再突入)カプセルによる地球帰還です。これらの技術を実証することで、本格的なサンプルリターン探査の実現につなげていくことがプロジェクトの使命です」

小惑星からサンプルを持ち帰るチャレンジを実現できたことは科学史に残る業績だが、それは宇宙を舞台にした壮大な実験でもあったということだ。

こうした技術テーマがあるため、宇宙科学研究所のさまざまな研究部門から、それぞれの技術テーマに必要な研究者が集結してプロジェクトチームが編成された。プロジェクトにかかわったメンバーは研究者レベルだけでも約50人にのぼるという。その中で國中教授は、イオンエンジンの研究開発と運用の指揮を執った。

少ない燃料で長く飛べるのが
イオンエンジンの利点

▲イオンエンジンの点火のイメージイラスト ©JAXA

ロケットのエンジンは、化学推進機と電気推進機に大別される。化学推進機は燃料を燃焼させて噴射するもので、ロケットの打ち上げなどで見かけることが多い。一方の電気推進機は電気的なエネルギーで推進力を発生させるものだ。イオンエンジンは電気推進機の一種だというが、そのしくみや特徴を教えていただくことにしよう。

「イオンエンジンは、イオンを高速噴射することで推進力を得るエンジンで、最大の利点は燃費がいいことです。

探査機や人工衛星はそれほど大きなものではないので、積み込める燃料には限りがあります。そのため、一定の燃料でなるべく遠くまでいきたい場合や、はやぶさのように地球に還ってくる場合には燃費のいいエンジンが必要になるのです。

アメリカのように巨大なロケットを持っていると、大きな探査機や人工衛星を打ち上げることができ、燃料もたくさん積めます。そのため、アメリカは電気推進機の研究はしていますが、実際にはそれほど使っていません。日本の場合は、ロケットを大型化するよりも探査機や衛星に載せる推進機を高性能化する方向を選んでいるのです」

少ない燃料で長い距離を飛ぶことができるイオンエンジンは、どのようにして推進力を発生させるのだろうか。

「イオンエンジンは、推進剤としてキセノンというガスを使います。キセノンを放電によってプラズマ化し、プラズマの中のイオンだけを取り出して、グリッドというものによって加速します。

グリッドというのは、厚さ1mmぐらいの板を0.5mm間隔で3枚並べているもので、それぞれの板に大きな電位差を設けておいて、プラスのイオンをマイナスの電極に向けて加速し、電極自体にはぶつからないようにすり抜けさせて噴射するのです」

はやぶさのイオンエンジンは、イオンを秒速30kmで噴射することができる。通常の化学推進機は秒速3kmぐらいの噴射なので10倍速く、これはそのまま燃費が10倍いいということにつながるそうだ。ただ、化学推進機に比べると推力の絶対値は小さくなるという。

「イオンエンジンは、化学推進機に比べると推力の絶対値が2ケタか3ケタぐらい小さくなります。そのため、エンジンを長時間動作させないといけない。逆にいうと、長時間使えばエンジンとしての役割を充分に果たすことができるのです」

2年間の連続運転もできるように
長寿命化を追求

▲イオンエンジンのpM試験の様子 ©JAXA

イオンエンジンにはこうした特性があるため、技術的な要求として長寿命であることが非常に大きなポイントになるのだという。

「イオンエンジンに求められる長寿命というのは1年間から2年間、故障することなく連続運転できるレベルです。これはなかなか難しい。地上の機械を考えてみてください。たとえばクルマでも10年間ぐらい動かすことはできますが、それは連続運転ではなく、車検などメンテナンスも行っています。宇宙機械の場合、途中でメンテナンスはできないので、1年間から2年間、運転し続けられる性能にしなければならないのです」

長寿命のカギを握る技術要素としてプラズマの生成方法がある。電気推進機の研究で先行していたアメリカは、プラズマ生成に電極を使う方式を採用していた。

「電極を使う方式だと、電極が損耗する、壊れる、ということがエンジンの故障や寿命の要因になります。そこで我々は、電極を使わないイオンエンジンの開発をめざして1980年代後半から研究に着手しました。具体的にはマイクロ波を使う方式です。電子レンジで食品を温めるようなイメージですね。これはもともと電極がないので壊れる要素がなく、長寿命が期待できるのです」

大学院生も取り組んだ
個別技術の研究

世界初の「マイクロ波放電式イオンエンジン」の研究にはさまざまな困難があったが、國中教授はそれを乗り越えて技術開発を進め、想定していたとおりの長寿命エンジンを完成させた。ただ、はやぶさはエンジンの作動時間が1万4,000時間という設定だったので、それを上回る作動時間であることを証明する必要があり、1万8,000時間の耐久試験を2回にわたって行っている。

1年間は365日で約9,000時間なので、2年間の連続運転を2回行い、2回とも成功。この耐久試験の間、國中教授は何か月も研究室に泊まり込んだこともあったそうだ。

はやぶさは、このようにして実用化されたイオンエンジンを4基搭載している。また、化学推進機も搭載しているが、これは姿勢制御、小惑星への着陸と離陸(イオンエンジンは推進力が小さいため着陸離陸はできない)、地球帰還時のカプセル分離までの精密誘導という3つの目的に使用するものだ。

イオンエンジンの研究では國中教授が指導している東京大学大学院の学生も重要な役割を担っているという。

「イオンエンジンを開発するためには、数多くの技術課題があり、私が指導していた大学院生が修士論文のテーマとして課題1つひとつの研究に取り組んだのです。ですから、イオンエンジンを開発し、はやぶさ打ち上げまでこぎ着けたのは大学院生たちの研究活動の成果といっても過言ではありません」

はやぶさの実物大模型(横スクロールしてご覧ください)

《つづく》

●次回は「はやぶさのイオンエンジンの運用面と技術的評価について」です。

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