高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第36回

第36回
キャリア教育実践レポート
「新潟県のキャリア教育推進校」Part.2
新潟県立正徳館高等学校の実践レポート
「ゼロトレランスによる徹底した生徒指導とキャリア教育を推進」

インタビュー
新潟県立正徳館高等学校 校長 竹内 文亮先生
教務部 
石坂 昭先生
進路指導部 市川 真紀子先生
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
公開:
 更新:

新潟県では9割以上の県立高校がインターシップ等を実施するなど、積極的にキャリア教育に取り組んでいる。中でも2006年から2009年まで県のキャリア教育推進事業の研究指定校となったのが新潟県立正徳館高校である。
2005年に開校以来「ゼロトレランス方式による生徒指導」に力を入れており、妥協せずにブレのない生徒指導に当たっているのが特徴。これら生活指導とキャリア教育を推し進めながら「人づくり」と「学力向上」を図っている。どのような成果が出ているのか、同校の竹内文亮校長先生、教務部の石坂昭先生、進路指導部の市川真紀子先生に話を伺った。

2006年度からキャリア教育推進事業の研究指定校
「人づくり」と「学力向上」を目指す

▲石坂 昭先生(左)、市川 真紀子先生

新潟県立正徳館高校は2005年に寺泊高校と与板高校が統合されて開校した、創立5年目の普通高校です。多くの生徒はマイペースで真面目ですが、自分を表現したりするコミュニケーション力が豊かでなく、積極的に行動したりするのが苦手という傾向があります。クラブ活動においてはカヌー部が団体強化指定校となっているほか、華道部や茶道部など文化部も活発です。生徒の進路志望状況は大学・短大等希望者が約2割、専門学校進学希望者が約5割、就職希望者が約3割です。

前身の高校は入学志願者が年々減少するような状況でした。少子化が進む中で県教育委員会の中長期再編整備計画のもと、明るく活気ある、地域に愛される学校となるよう期待されて統合されたといえるでしょう。

2006年度から3年間は、県のキャリア教育推進事業研究指定校として取り組んできました。本校のキャリア教育は「大きな夢を持ち、その夢の実現のために努力する生徒を育てる」ことを目的としています。そのために具体的な基本方針としたのが「人づくり」と「学力向上」です。

ゼロトレランスによる徹底した生徒指導が特色 
“だめなものはだめ”を繰り返し、活路を見出す

「人づくり」のためには、ゼロトレランスによる徹底した生徒指導を行っているのが特徴です。ゼロトレランスとは「非寛容」を意味し、“だめなものはだめ”と繰り返し指導を続けることで、規律ある生活態度と責任ある行動の取れる生徒の育成に努めています。

たとえばチャイムスタート・チャイムエンドの徹底、挨拶や服装を逐一徹底し、授業中に私語などがあり、注意しても指導に従わない場合には「生徒指導カード」を利用して指導をしています。これは、いつ、どこで、どのように行動し、誰が発見したかの情報を共有するもので、1枚は生徒が、もう1枚はクラス担任が保管します。カードの累積枚数により、担任指導から学年指導、生徒指導部長指導、教頭指導へと移り、25枚となると校長指導へと移り、保護者を召喚します。

生徒の指導は保護者との連携も大切で、保護者からの学校では分からない生徒の一面を聞くことがあり、その後の指導に役立てます。こうした指導を積み重ねてきたことで学校内は落ち着き、静かな学習環境が整ってきています。また服装に関しても極めて乱れが少なくなっています。

講演会やセミナーで
さまざまな世界や地域のプロの声に触れる

キャリア教育では、「豊な心を育む講演会」や「キャリアアップセミナー」、インターンシップ、保育体験実習、林間学校、企業・上級学校見学会といった行事を企画・実行しています。学校行事もキャリア教育の一環と考え、感動する場面を意図的に設けて、「自分ももっとがんばろう」「将来どう生きるのか、それにはどうすればいいのか」と考えるきっかけを与え、学ぶ意欲が向上することに期待しています。

「豊な心を育む講演会」は年間2回、全学年に向けて実施しています。これまで格闘家や企業家、福祉施設長、落語家、演奏家などを迎えて、生徒が触れたことのない世界にも関心が向くよう行ってきました。「キャリアアップセミナー」は1・2学年全員に向けたセミナーで、本校の卒業生や地域での活躍が著しい「その道のプロ」の方を招いて、現場で求められる人材などについて生の声を聞いて進路実現の参考にしています。

インターンシップは
1クラス約20人の就職希望者が経験

インターンシップは、本校の場合は就職を希望する2年生の1クラス約20人を対象に実施しています。

屋根材や金属部品を加工している企業、苗などを作っている農場、幼稚園や福祉施設、洋菓子製造現場などが主な実習先です。生徒・教員とも「ご迷惑をおかけしますが、お願いします」の気持ちを大切に、9月から10月の4日間行っています。

各実習先に教員が訪問して事前打ち合わせをするとともに、生徒への事前指導・事前学習を8回程度行います。インターンシップ当日は教員が各実習先に初日のみ同行します。実習先では、生徒がいることで無駄な気遣いや労力が生じているようですが、生徒たちは与えられたことを真面目にコツコツやることで企業側も納得してくれているようです。毎年協力していただける企業・施設には本当に感謝しています。

「笑顔がいいと誉めてもらえたのが嬉しかった」
「働く心構えや挨拶などはすべての仕事で共通している」

2008年度にインターンシップを経験した生徒は次のような感想を寄せています。

○想像していた内容と違って大変でびっくりしました。1日目は「こんな仕事、私には絶対できないだろうな」と思っていましたが、やっていくうちに、楽しくなって、やりがいのある仕事だと思いました。
私は場面、場面での臨機応変がうまくできず、アタフタしてばかりで、なかなか自分から話し掛けることが出来なかったのが残念です。でも、笑顔がいいと誉めてもらえたのが嬉しかったです(福祉施設)

○この4日間は長いようであっという間の4日間でした。初めは何も分からず、園児たちの元気に助けられてばかりでした。けれども、次第に園児と接することや、仕事にも慣れ、少しずつ仕事をすることの「楽しさ」を学ぶことができました。それと同時に仕事をする「責任」の重さも学びました。私は将来、どんな仕事に就くかまだ決めていませんが、働く心構えや挨拶などはすべての仕事で、共通していると思います。
この経験を社会に出てから活かしていけるようにもっと沢山のことを学んでいきたいと思います。本当に充実した4日間でした(幼稚園)

話すことが苦手な生徒も
経験を他者に伝えようとする過程に意義がある

インターンシップは体験して終わりではなく、今後に役立てるため、実習ノートを記入して企業担当者にも確認していただきます。キャリアガイダンスの授業では、インターンシップに関する展示物を作成しています。画像や感想などを盛り込み、数枚の模造紙にまとめます。10月下旬の文化発表会で展示するほか、インターンシップ発表会では原稿をまとめてスライドを作成し、発表原稿を練り直して皆の前で発表します。

本校では、目立つことを好まない生徒や人前で話すことが苦手な生徒が多くいます。しかし、何度も練習することで少しずつ上達していきます。自信を持って自分の経験を他者に伝えようとした過程は、大きな意義を持つと思います。私たち教員もインターンシップを通して生徒たちはずいぶん成長して帰ってくるなと感じますし、イキイキとしてくる生徒がいることは喜ばしいことです。

保育体験実習を通して
生活規範意識や人間力の向上が見られる

他にも本校は1・2学年とも企業・上級学校見学会を実施し、早期に大学や企業を幅広く見ることによって、将来のことを少しでも身近に感じてもらいたいと思っています。

さらに2007年度からは小さな子どもを思いやる心、コミュニケーション力を育てるため、近隣の保育園に協力を仰ぎ、毎年12日間近く保育体験実習を行っています。1年生の時は園児と一緒にゲームをやって遊んだり、2年生では昼食を一緒に食べたりします。インターンシップと違って全学年対象なので子ども好きの生徒だけでなく、苦手な生徒も一緒に交わりますが、自ら範を示す必要もあり、生活の規範意識が高まりますし、2年生になると子どもの面倒見も格段に良くなっています。

また1学年の林間学校は7月下旬に2泊3日で実施しています。妙高自然の家に宿泊し、2日目の早朝から新潟県の最高峰・火打山に登ります。長く険しい道のりですが、登りきった時の達成感は格別で、助け合いながら登ることで人を思いやる心にもつながっています。他にも体育祭や文化発表会もキャリア教育の視点で見直し実施しています。

就職者の早期離職が少なくなる成果が
キャリアアップサポーターの存在も心強い

このようなキャリア教育の成果は、長い目で見る必要がありますが、大きな成果としては就職した生徒の早期離職率が少なくなったことが挙げられます。また保育体験学習などを通じて幼児教育に携わりたい気持ちを強くする生徒もいて、女子だけでなく男子の中にも保育士などを志望する生徒も出てきています。他には男子なら自動車整備系や調理系、女子なら美容系などの仕事に憧れる生徒が多くなっています。

一方で、就職や進路選択を自分の問題と捉えられない、まだまだコミュニケーション能力や積極性が足りないと感じる場面もあります。その点、県教委が採用して本校に来ていただいているキャリアアップサポーターの存在は心強いものがあります。企業経営や人事担当者としての経験を活かして生徒に積極的に声掛けしてもらったり、就職活動の際に模擬面接の際に良きアドバイスを送ってもらったりしています。私たち教員も参考になることが多く、大変助かっています。

「学力向上」はこれからの課題 
国公立大学進学者をぜひ本校から出したい

もう一つの基本方針である「学力向上」については、現在、基礎学力を身につけさせることが中心で、十分に教科指導の内容にまで踏み込めてはいません。ただ社会人・職業人として規律ある生活態度を取ることのできる下地はできてきたという手ごたえは感じています。

実際に生徒へのアンケートで、「本校が行っている服装指導は社会に役立つと思う」という声が8~9割に達しています。かつて大人に不信感を持っていた生徒が、先生や大人と絆を深めることで、感謝の気持ちが芽生えてきていることも感じます。

一方、3年生になっても進路を考えられない、決められない生徒も相変わらず多く、とりあえず関心のある領域の専門学校に進んでおけば…、という生徒もいます。また生徒・保護者とも地元志向は根強く、県外に出てみようという外向きの姿勢には乏しい傾向にありますね。

2009年3月卒業生の進路は私立大学16人、短期大学1人、専修・各種学校59人、就職25人、その他5人という結果になっていますが、そのほとんどが地元長岡市や新潟県内の学校や企業です。普通科高校としては、生徒の進路希望が叶うよう、上級学校への進学者などを多く輩出したいと考えていますので、今後は、ぜひ一般・推薦問わず国公立大学の合格者を出したいですね。

おとなしい生徒も何かのきっかけで好きなものが見つかり、学ぶ意欲が湧いてきて成果につながれば、他の生徒のモデルとなり得ます。そこから学校全体の士気が高まり、さらに変わっていけるのではないかと考えています。まだまだ満足な成果は出ていませんが、地域関係機関との連携を密にして、教師一丸となって生徒を支援していきたいと思っています。

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