高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第37回

第37回
キャリア教育実践レポート
「埼玉県のキャリア教育推進校」Part.1
埼玉県教育委員会高校教育指導課に聞く
「体験的な学習活動を支援し、
各高校の特色を生かしたキャリア教育を推進」

インタビュー
埼玉県教育局 県立学校部
高校教育指導課体験活動・キャリア教育推進担当 指導主事

木村 郁文氏
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
公開:
 更新:

東京のベッドタウンであり、産業に特色ある地域も多い埼玉県。埼玉県教育委員会は、生徒数の減少、多様化する教育ニーズや中途退学問題などさまざまな課題に対応している。
1999年、同委員会は県立高校の活性化・特色化を図るため、2013年までの15年間を期間とした県立高校の将来構想「21世紀いきいきハイスクール構想」を策定した。2009年1月、後期の5年間を迎えるにあたり「21世紀いきいきハイスクール推進計画(後期)」を策定。そこでは「明日を担う彩の国の人づくり―教育活動の充実―」が重要施策に掲げられ、「進路指導の充実」も大きな柱となっている。
県立高校のキャリア教育推進を担当している高校教育指導課・木村郁文氏に、具体的な取り組みについて聞いてみた。

公立高校全体の3分の2校でインターンシップを実施 
自校の特色を活かし地域の協力を仰ぐ

教育局県立学校部高校教育指導課ではキャリア教育推進のために「生徒が主体的に進路を選択する能力の育成」を掲げて、高い志をはぐくむ教育を推進しています。施策の1つが、体験的な学習の充実です。毎年インターンシップ(就業体験)を希望する学校を募って、推進校を指定。2009年度においては計42校を指定しました。内訳は総合学科や専門学科のある高校が35校、普通科が7校です。ほかにも県指定ではなく各高校独自にインターンシップを推進している学校と合わせると全98校に及びます。埼玉の県立高校は全147校ありますので、全体でも約3分の2の高校がインターンシップを実施しているといえるでしょう。

不景気といわれる中でも各高校の先生方が企業に積極的に掛け合って地元の企業や商工会議所などにご協力いただいています。期間や参加人数、体験内容はいろいろですが、各学校が抱える課題、生徒の個性や進路希望などを踏まえた上でそれぞれ内容を工夫して行っています。

学問の楽しさを感じるのもキャリア教育 
進学指導の研究推進校も指定

キャリア教育というと専門高校における職業教育のみが注目されがちですが、埼玉県では進学指導もキャリア教育の一環ととらえています。県立高校教育活動総合支援事業として、進学指導にかかわる研究推進校を指定(2007年度より13校を指定)。生徒が自らの希望を実現できる進学指導について実践的に研究し、その成果を県立高校全体に普及させているのも特徴です。

たとえば旧制中学の流れをくむ伝統校である県立浦和高校や県立浦和第一女子高校(後編で紹介)などでもキャリア教育を意識し、学問の楽しさ・面白さを感じる機会を多く設け、大学等進学へのモチベーションとしています。

大学や企業の関係者、地域の専門家や経験豊かな講師、OB・OGで活躍している社会人を招いて「進路意識啓発講演会」なども行っています。また、大学の教員や大学生を高校に招いて専門分野の学問紹介や講義を行うこともあります。高校生が大学の講義を聴講できる機会を設けることで、大学レベルの教育に触れる機会を拡大。生徒の興味・関心を喚起し、主体的に学習に取り組む態度を育成しています。大学や専門学校における学習成果を単位認定したのは2007年度で14校233人に及びます。このほか、保護者にも大学の理解を深めてもらうために、大学見学や講義聴講参加を呼びかけている高校もあります。

このほかにも各県立高校が生徒の実態や課題に対応したさまざまな事業を提案、実施することで、特色ある主体的な学校運営を促進しています。県立高校教育活動総合支援事業の1つ「スペシャリストに学ぶ」は、秀でた技術・技能を持った民間人等(スペシャリスト)を講師に招いて、専門教科・科目の実技等を中心にした授業を行うというもの。生徒の興味・関心を高め、学習意欲や専門技術向上に役立っています。

就職支援アドバイザーなど
企業経験者に協力も仰ぎ、好評を得る

各高校の先生方への啓蒙活動としては、2006年度からはキャリアカウンセラー養成研修講座を実施しています。毎年4日間、キャリア教育を専門とする大学教授を招聘し、進路指導の先生を集めてキャリアカウンセリングに関する研修を行うのですが、生徒たちから実際に進路相談を受けた時にどう対応するか、演習なども採り入れています。

一方、主に就職希望者が多い高校に対しては、2002年度から「高等学校就職支援教員」を配置するとともに、2005年度からは「就職支援アドバイザー」を配置。2008年度は、前者は元高校教員で進路指導経験ある方などにお願いして16校に、後者は企業経験者や人事労務経験者などを公募で募って25校に配置しました。

就職支援アドバイザーは、学校教員にはない社会体験の話や外部からの視点が生徒のみならず先生にも役立っているという意見を多く聞いています。模擬面接などの場合、生徒は普段接する先生と違うので実際の雰囲気さながらに緊張感を持ってでき、的確な面接指導も受けられるとあって好評です。

公共職業安定所(ハローワーク)や経済団体などとの連絡・連携の強化、求人・求職の拡大に向けて、県教育局職員による経済団体などへの就職促進訪問、埼玉県地域労使就職支援機構との連携による「四者面談会」なども実施しています。四者面談とは生徒、保護者、教員、経営者による面談で、社会でどんな能力が大切かを経営者が語ったり、立場の違う者同士が交流したりすることで互いの理解を深める利点があります。

そのほか埼玉県では各高校がキャリア教育を行う上で参考になるよう「キャリア教育」指導資料を作成。多様な高校のキャリア教育への取り組み事例をWeb上で公開し、情報を共有しています。

ニートやフリーター候補を減らし、
系統的・組織的なキャリア教育を推進

埼玉県は首都圏の一角に位置することもあり、多様な生徒が存在します。全国的傾向と同様に以前から二―トやフリーターなどの問題はあり、その発生を防止するための就職支援が課題となってきました。しかし、近年は好況が長く続いたこともあり、進路未決定者(未就職者)もそれほど増えずに推移しています。2008年度において私立高校を含めた進路未決定者は771人、全体の約1.4%という程度です。

現在は不況の影響で就職状況も厳しくなりつつありますが、高卒生に対する企業の期待感に変わりはありません。生徒それぞれが個性を生かして主体的に進路を選択できる能力や態度の育成に努めていきたいですね。

今後も高校生活を見通した系統的・組織的なキャリア教育を推進していくとともに、進路ガイダンスやキャリアカウンセリングなどの機能の充実、労働局や関係機関との連携により引き続き生徒を支援していきたいと考えています。

埼玉県のキャリア教育:事例紹介
~県立高校「キャリア教育」指導資料より抜粋

事例1 埼玉県立熊谷工業高校

学校の概要:
昭和41年に埼玉県立熊谷商工高校から独立し、今年43年目を迎える全日制の工業高校。地域に信頼される魅力ある工業高校を目指している。
工業5学科(建築科1クラス、土木科1クラス、電気科1クラス、機械科2クラス、情報技術科2クラス)があり、3年次に進学対応クラスの基礎工学コース(1クラス)を設置。
進路はここ数年、就職者、4年生大学進学者、専門学校進学者が概ね3分の1ずつの数比となっている。
実践的な専門教育と大学進学も視野に入れ、各専門学科の特色に合わせた体験活動と、1年生の「インターンシップ」、3年生の「日本版デュアルシステム」をキャリア教育の柱として展開している。

◆インターンシップ
対象学年・学科:1年生、全学科(278名)
実習期間:2009年度1月27日~30日 4日間
主な就業先:市役所、建設業(総合工事、設備工事)、製造業(一般機器、化学、電気機器、精密機器)など。各科20~30程度の事業所で経験。
インターンシップ体験発表会:各科の代表生徒が企業で体験したことをプレゼンテーションソフトで作成した資料に基づき発表。

◆生徒の感想・アンケートから
◎インターンシップに参加して
 大変良かった・良かった 82%
◎実習について
 楽しかった・面白かった 75%
◎4日間の実施について
 ちょうどよい 61%
◎仕事内容について
 易しかった・ちょうどよい 85%

※働くことの楽しさを実感した生徒が多かったが、仕事の厳しさや体力の必要性などを実感しないままで終わってしまった生徒がいることが感じ取れる。
生徒の感想(抜粋):
精密機械メーカー 機械科 1年生
「今回のインターンシップで様々なことを学んだ。1つは働くことの大切さと楽しさだ。働くということはとても大変なことだが、自分が取り組んだ物が形になっていくのはとても楽しいことだ。次に、社会でも学校でも基本は同じだということだ。朝の挨拶、身の回りに期を使うこと。学校でも大切なことだが、会社ならなおさらだ」

◆日本版デュアルシステム
1年生で実施したインターンシップの延長として、建築科において2006年度より週3単位の課題研究の授業を活用し、地域の建築事務所や大学に出向き、企業実習訓練を取り入れた授業に取り組んでいる。2008年度からは情報技術科3年生も1名地元のソフトウェア開発会社に依頼し、実施している。
対象学年・学科:3年生建築科5名、情報技術科1名
実施期間:4月~11月 21回(2008年度の場合)
生徒の感想(抜粋):
熊谷市内工務店 建築科 3年生

「暑い中慣れない仕事で疲れたが、学校で学べないことが体験できたので、今後に生かしていきたい。大工仕事は難しく、力不足を感じた」
皆野町内工務店 建築科 3年生
「棟梁から『勉強するだけでは頭でっかちになる。学生の意識があってはだめ』と聞かされた。大工の体験ができ、多くのことを勉強できたことで、この先しっかりとした気持ちで勉強や仕事に励んでいきたいと感じた」

◆「スペシャリストに学ぶ」事業の活用
県立高校教育活動総合支援事業の「スペシャリストに学ぶ」の授業や国の「地域産業の担い手育成プロジェクト」を活用し、近隣の企業や大学で活躍しているスペシャリストを講師として招聘している。

先生の感想(抜粋):
情報技術科 3年生の授業より
「生徒が課題研究で取り組んでいる技術的な内容に加え、ゲームを作るという『仕事』の話を交えて、生徒の進路選択にとても有意義なものとなった。『いま高校で学んでいる内容が将来役に立つ』という言葉は、現場で活躍している方が話すことで重みのあるものとなり、生徒の学習に取り組む姿勢に、よい影響を与えるものであった」

◆今後の展望と課題
入学直後は専門に興味を持たせる指導から始まり、興味を2、3年生へと持続させながら、キャリアの発達を支援。インターンシップは受け入れ企業確保の問題や、実施時期は1年生で適当か、あるいは専門の学習が進んだ2年生の時期が良いのか、校内で議論されている。デュアルシステムは全校的な体験活動に定着させていく必要がある。今後はさらに「ものづくり」を習得させる中で、より実践的・体験的なキャリア教育を実施する必要がある。

事例2 埼玉県立草加高等学校

学校の概要:
今年、創立47年目を迎えた全日制普通科(各学年8クラス)の中堅校。「知・徳・体の調和のとれた人間を育成するとともに地域に根ざした進学校として愛され活力ある学校」をめざしている。
生徒の学力層が幅広く、学習指導・進路指導の焦点をあわせにくい状況が続いていたが、ここ数年、入学希望者数が増加し、生徒の進路は大学進学希望者が大半を占めるようになっている。
キャリア教育は「進学校として大学進学等の意欲を向上させるための大学と企業の体験活動の実施」を基本方針とする。

◆大学体験活動+企業体験活動
対象学年:2年生
期間:夏季休業中
総合的な学習の時間として事前指導、事後指導などを実施。体験活動は長期休業中に実施。

事前指導:
6月中旬の学年集会で事前説明。進路希望に合わせて「大学体験活動」「企業体験活動」のコース分けを行う。活動当日は各班に分かれて企業体験、大学のオープンキャンパスに参加する。
コース別実施企業・大学名(2008年度の例):
 a:8/22 東京ガス+大学1校(駒澤大、東洋大、立教大、二松学舎大等)
 b:8/25 近畿日本ツーリスト+大学1校(法政大等)
 c:8/26 株式会社パソナ+大学1校(明治大、立教大、国学院大等)
 d:8/27 第一ホテル東京+大学1校(明治大、立教大、国学院大等)
 e:8/29 公務員コース(草加市役所・草加警察)
 f:大学見学2校コース(見学する大学を自分で2校選ぶ)

企業体験の内容:
会社概要説明・人事課長講話、本社ビル内見学、質疑応答など。

大学体験の内容:
希望分野別キャンパスツアー、入試説明会、学科紹介ガイダンス、体験学習、学食体験など各校のオープンキャンパス企画による。

事後指導:
参加直後に各自、報告書を作成し生徒それぞれの成果としてまとめる。感想を記入させ、感想録を作成し配布。また、評価アンケートを実施、学年通信(特集)にその報告をのせ、成果の発表と生徒へのフィードバックを図った。
その後、進路講演会を実施し、大学体験活動、企業体験活動の成果定着を図り、3年次の進路実現活動に向けて具体的な準備ができるようにした。

成果アンケート(2年生)結果(抜粋):
全体評価(回答:全生徒=305名)
◎進路に対する意識
 高まった 83.3%
 大学体験活動(回答:大学進学希望者=230名)
◎大学進学の意義を理解できたか
 そう思う 25.9%
 どちらかというとそう思う 54.8%
◎大学進学の意欲が高まったか
 そう思う 43.9%
 どちらかというとそう思う 46.1%

企業体験活動(回答:企業・公務員コース参加者=111名)
◎就職のためにどのような準備が必要か分かったか
 そう思う 16.2%
 どちらかというとそう思う 43.2%
 どちらかというとそう思わない 18.0%
◎企業の求める人材がどのようなものか理解できたか
 そう思う 29.7%
 どちらかというとそう思う 42.3%

生徒の感想(抜粋):
「企業訪問では普段の生活のしかたを考えさせられる話が聞けたり、仕事現場を生で見学できたりしたことで『就職』するという意味が以前よりはっきりした」
「高校生活では、将来のことをしっかりと考えて学習に取り組まなければいけないのだと再認識した」

◆今後の課題と展望
この取り組みは開始2年目で、実際の進路実現・入試結果としての成果は出ていないが、生徒たちの進路意識向上には大きく役立っていると感じられ、学年進路の担当教員も大きな手応えを得ている。
企業体験活動は今回のような見学中心ではなく、1時間程度のジョブシャドーイングの形式が開発されれば効果が上げられると考えられる。
来年はこの取り組みを開始して3年目を迎える。さらに改善を進めるためには進路指導の職員研修会を開き、全教職員で共通理解を図る必要がある。

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