高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第40回

第40回
キャリア教育実践レポート
「広島県のキャリア教育推進校」Part.2
広島県立安西高等学校の実践レポート
「コの字型授業とグループ学習で、
社会に役立つコミュニケーション力が格段に高まる」

インタビュー
広島県立安西(やすにし)高等学校 進路指導主事
三堂 和生(みどう かずお)先生
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
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広島県では小・中・高等学校が連携して系統的なキャリア教育を推進するとともに、高等学校では県が文部科学省からの指定事業の委嘱を受ける形で、2007~2009(平成19~21)年度にキャリア教育推進校5校を指定。キャリア教育の在り方に関する調査研究として、効果的な指導内容・指導方法の充実・改善等に取り組んでいる。
その中の一つが、広島市安佐南区にある県立安西高等学校だ。同校は創立30周年を迎えた普通科高校だが、キャリア教育の充実と授業改善があいまって着実に成果を上げている。授業改善では「コの字型」の机の配置とグループ学習を全学年で取り組んでおり、県内はもとより全国から授業参観者が来るなど大きな注目を集めている。
実際どのような流れで取り組みが行われ、どのような成果や課題があるのか、授業改善としてグループ学習を主導している三堂和生先生に伺った。

前校長の強力なリーダーシップのもと
「共同的な学び」の構築に動き出す

▲三堂 和生先生

本校は広島市安佐南区の人口急増を受けて、1979(昭和54)年に設置された普通科の高等学校です。しかし、10年前までは生徒の問題行動が多く、年間50人近い中途退学者を出す高校でした。私は6年前に赴任してきましたが、そのころは先生たちが規律を重視し、校内の秩序は保たれていましたが、生徒たちに活気はありませんでした。

当時はインターンシップもスタートさせており、生徒は体験学習を通じて職業を理解したり、ある程度勤労観を高めたりして、社会人と交流することでコミュニケーション力もそれなりに身に付けることができました。しかし、インターンシップが終わり、学校に戻ってきたら、また一方通行の授業に戻って、対話の場がないという感じで、せっかく身に付いたコミュニケーション力も一過性のもので終わる傾向がありました。

そこで「総合的な学習の時間」や「インターンシップ」だけでなく、年間を通じて、日常的にすべての教科でキャリア教育ができないだろうかと「授業改善」に着手しました。2007(平成19)年度に文科省のキャリア教育推進校に指定されたことを契機に、前校長が強力なリーダーシップをとって、「学びの共同体」理論を提唱する東京大学大学院教授・佐藤学先生の協力を仰ぎ、コの字型の机の配置とグループ学習を1学年から採用することになったのです。

コの字型授業とグループ学習により
人間関係構築力そして自己肯定感が増す

これまでの一斉講義形式の授業は、明治・大正期のエリート教育から日本に根付きましたが、1日6時間~7時間も一方的に先生が話し、生徒がノートを取りながら話を聴く形は高校進学率が96%を超えた現在(2009年3月)、もう限界にきているのではないでしょうか。

本校の授業はコの字型で始まります。これは仲間の顔全員が見えるもので、自分の意見を言い、他人の意見を聴くことができる体制です。コの字型で先生は一人で話すのではなく、生徒の意見を引き出しながら、知識の共有化を図ります。先生は極力一人で話さないようにして、聴く・つなぐ・もどす役に徹するのです。

その後は4人ずつのグループ学習に移ります。コの字からグループ学習の体制に速やかに移れるよう、本校の机と椅子には下にテニスボールをはめるなど、隣の教室や階下に大きな音が響かない工夫もしています。グループにして課題を与え、分からない生徒が分かる生徒にたずねたりすることで協同性がはぐくまれます。

ほかにも、学び合うことで相互評価機会が増えて自己評価が高まる、教えることで表現力が高まり理解も確かなものになる、コミュニケーションの機会が増えると自己有用感も高まる、グループ内の活動は他者とのふれあいを必然なものにする、難しい課題にも挑戦し、解決しようという意欲が高まる(ジャンプする)など、本当に多くのメリットがあるのです。

学力向上と進路決定能力につながる 
7割以上の生徒がグループ学習を肯定

こうした授業を通して、授業態度が前向きになり、生徒がイキイキし始めただけでなく、何より驚いたのは教科学力が向上したことです。本県高等学校「共通学力テスト」において、入学時から協同的な学びを導入した学年が、国語、数学、英語3教科共に向上に転じたのです。ここまで劇的に変わった学校はあまりないでしょう。

これまで生徒は自分に自信がない、自己肯定感を持てない面が目に付きました。それは、家庭教育が崩壊しており、親から本気で褒められたり叱られたりする機会が少ないという要因もありました。また大学全入時代と言われ、受験自体も生徒の動機づけにはならなくなりつつあります。こうした時代には、だからこそ学校が皆で支え合い認め合う場にならなければいけないのです。

グループ学習はまさに自分が教えたり教えられたりする中で自己肯定感が育ち、学力と進路決定能力にもつながっていきました。アンケートにおいても「グループ学習の方が勉強する気持ちが高まる」という質問に、肯定と弱肯定を合わせると7割以上の生徒が肯定しています。

大学インターンシップ(公開授業受講)や
修学旅行先での研修も実施

もちろんキャリア教育推進校として日常的な授業改善だけでなく、体験的学習も大切に取組んでいます。2年生で実施するインターンシップは、かつてはスーパーマーケットなどでの就業体験が多かったのですが、現在は高大連携のもとで行う「大学インターンシップ」(公開授業の受講)を選択してもよい、としています。近年は学習意欲の向上から、就業体験よりも広島大学など国公立をはじめ県内私立大学の公開講義の受講を選ぶ生徒の方が圧倒的に多いですね。また1年生がオープンキャンパスで学んだことをまとめ、皆の前で発表するのもインターンシップの一環です。

2年生の修学旅行においては東京ディズニーランド(TDL)研修を実施しています。特徴は、元ディズニーランドスタッフからTDLの人材育成等に関わる講演を聴くこと。その講演の翌日にパークへ出かけますので、実際に楽しむだけでなく、たとえばキャストが掃除をしながらお客様を楽しませる姿を見て人気の秘密やサービスの在り方などを学んでいます。

校内研修で各先生が授業を公開 
先生同士で生徒の変化を共有する

こうした授業改革とキャリア教育で、生徒の人間関係形成能力や情報活用能力、将来設計能力、意志設計能力という4つの面ですべてが向上したと思います。

また、「同僚性の構築」のための校内研修の改革を図ったことで先生も変わってきています。これは東京大学大学院教授・佐藤学先生の説ですが、一人でも教師が教室を閉ざしている限り、学校は変わりません。同僚意識を高めることが大切なのです。そこで、すべての先生が定期的に授業を公開し、私たち教師はすべての先生の授業を見ています。また授業時間が重なって見られない先生もいるので、必要に応じてビデオ撮影をします。それを見て互いに授業内容を評価するのではなく、自分の授業の参考にしたり、生徒の様子を観察し“ここで生徒が変わった”という授業での事実を共有したりします。

本校は2008(平成20)年度に実施された第2回の公開授業(体育館で実施)には全国から200人が参加、他にもメディアで取り上げられるなど、訪れる人が絶えません。今年も50校近くの見学者が来ています。注目されることがいい緊張感や刺激となって、活発になる生徒も多く見受けられます。もちろんおとなしい生徒もいますが、グループ学習の際には活発な生徒と組ませるなど、私たち教師も生徒同士の組み合わせには配慮しています。

学内の活性化や中途退学者の減少 
部活動や行事の活発化につながる

さて、こうした授業を行った具体的な成果として、次のような変容がありました。

●授業中、生徒が寝るということがほとんどなくなった。
●教室にアットホームな雰囲気が生じている。
●グループ内で「教える」機会の多い生徒と、「教えてもらう」機会の多い生徒の成績に向上が見られる。
●一方的な講義に比べ、定着度が高いと感じられる。
●自分なりに考えたことを発言し合う場が増えた。
●教員集団として、度々の研究授業等を通じて教科の閉鎖性が多少薄らいだように思われる。

このほか、2006年度は中途退学者が44人でしたが、「協同的な学び」導入を機に、2007年度は25人、2008年度は15人、2009年度は今のところ8人(2009年12月31日現在)と着実に減少傾向にあります。

また1年生に部活動の全員参加を義務付けたところ、部活動の活性化と競技力の向上にもつながっています。かつて土日には校門が閉まっていたのですが、今では校庭やグラウンド、体育館のスペースを取り合うような状況です。

行事に取組む姿勢も変わりました。文化祭や体育祭でテントの片づけなどをすると、以前は協力する生徒とそうでない生徒に分かれたのですが、今は率先して楽しんでやる生徒が目立ってきました。挨拶もきちっとするようになるなど、グループ学習がさまざまな点で生徒の“やる気”を引き出しています。

こうした本校の良い雰囲気を感じ、自分も「協同的な学び」の場に参加したいという中学生からの人気も高まっています。授業改善を始めた翌年から入試倍率も1.9倍、1.3倍、1.7倍と、高い倍率を示し、本来ならもっと上位の受験校を目指していた中学生が本校を志願するようになるなど、大きく変わってきました。

進学に関しても、本校はこれまで大学進学者が40人程度だったのですが、授業改善の1期生ともいえる現在の3年生は大学・短大進学希望者が170人中100人近くにまで達するようになっています。

先生には授業を工夫する努力が求められるが
生徒の「もう終わり?」の声に感動

課題としては、先生一人ひとりが授業の内容をより良くしていくことに尽きるでしょうね。以前はとにかく話していれば良かったのですが、コの字型授業にすると、プリントを用意したり、生徒への質問の出し方を工夫したりするなど授業プランをしっかり練って臨む必要があります。

もちろん生徒からどんな発言が出るかは分からないので、その場の臨機応変さも問われます。先生が鍛えられるし、努力が必要になるのです。研究協議会等で互いに話し合うなどして、授業方法をさらに工夫して教員同士で高め合って行きたいと思います。

実際、私自身は地理歴史を担当していますが、自分なりに工夫し、生徒に考えさせる授業にした結果、生徒が「先生、授業もう終わりなの?」「もっと続けたい」という声が返ってきた時はものすごく嬉しいですよ。

社会で求められるコミュニケーション力が育つ 
進学校でもやってみる価値はある

授業改善がなぜキャリア教育なのか、と捉える人がいるかもしれませんが、生徒たちに話をさせる、教えたり教えられたりする中で、何よりコミュニケーション力が一番に育つのです。

現在、社会に出ても一人で何かをする仕事は職人の世界などに限られています。ほとんどがプロジェクトやチームワークで課題解決に向かうわけで、グループ学習は社会でキャリアアップしていく上の基礎になるのです。今後はグループ学習を経た生徒たちが進学先や就職先でどう育って、社会で活躍していくのかを追いかけて調査もしていきたいですね。

また進学希望者が増えて、就業体験をするインターンシップが減ったことはある意味残念なのですが、今後は大学とその先を見据えて福祉施設や幼児教育施設などで、希望者に対するインターンシップが1年次にできないかを模索していこうと考えています。本気でその道の進路を考える生徒が職業体験してこそ、やはり、ためになることだと思います。

授業改善を行うには、校長の強いリーダーシップのもと先生各自がこの学校を変えようという強い意識を持つことが大切だと思います。また、コの字型授業は高いレベルで討論し合えるので、進学校でも有効です。これはいいと思った先生は、まず自分の授業で採り入れてみることをお勧めしたいですね。

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