高等学校とキャリア教育

全国の高校で実施されているキャリア教育の取り組みを紹介

第47回

第47回
キャリア教育実践レポート
「山形県のキャリア教育推進」Part.1
山形県教育庁高校教育課に聞く
「全県立高校でキャリア教育の計画、実施、検証に努める」

インタビュー
山形県教育庁 高校教育課 指導主事
齋藤 祐一氏
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
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東北地方の南西部に位置する山形県は、約70%を森林が占めている自然豊かな土地柄。農業も盛んで、米、そば、さくらんぼ、ラ・フランスなどの名産地としても知られる。一方、江戸時代からの鋳物や打刃物、織物などが発展し、明治以降は農機具・機械器具・織機へ受け継がれ、ものづくりの伝統もある。現在は金型や切削、プレスなど多様な基盤技術を持つ企業が集積。電子機器など新技術の創出にも期待が高まっている。
山形県の学区は、山形市や天童市がある村山地方(東学区)、新庄市などがある最上地方(北学区)、米沢市などがある置賜地方(南学区)、酒田市、鶴岡市などがある庄内地方(西学区)の4地区に分かれる。高等学校もそれぞれの地区に普通科や工業科、農業科、総合学科などがバランス良く配されている。
キャリア教育については、小・中・高それぞれの段階に応じた体験的な学習を通して取り組んできている。現在の高等学校での取り組み状況と課題などを、県教育庁高校教育課の齋藤祐一指導主事に聞いてみた。

自ら生きる 
職業観やコミュニケーション能力の養成が不可欠に

▲齋藤 祐一氏

現在、山形県では、子どもたちの発達の段階に応じて、知徳体のバランスのとれた力(生きる力)を育成する教育を展開しています。

少子化・核家族化・社会情勢の不安定により「学びを通して自立を目指す」ことが難しい世の中となっており、その影響で、なかなか精神的にも自立できない生徒が少なくありません。その結果、勤労観や職業観が未熟でコミュニケーション能力も低下する傾向がうかがわれます。また、全国平均に比べると少ないものの、職場のミスマッチ等に悩み、早期離職やフリーターの数が少なくないことも課題です。

このような課題を解決するために、県では、一人ひとりが社会と関わり、働くことの意義を考え、理解し、主体的に進路を決定していくよう、取り組んでいます。

中学校での職場体験はほぼ100%実施 
高校でも本格的にキャリア教育に乗り出す

山形県は職場体験やインターンシップなど、小・中・高それぞれの段階に応じた体験的な学習を通して、キャリア教育に取り組んでいます。中学校(全119校)での職場体験(5日間以上)は近年、ほぼ100%の実施率です。

高等学校は社会に移行する準備期間として大事な時期であり、各校は教科科目の時間、総合的な学習の時間、ホームルーム、産業と人間社会(総合学科)、また、さまざまな学校以外の地域社会・企業等との連携を利用し、インターンシップ・社会人講師招聘・出前授業・ボランティア活動などの独自のキャリア教育を設定し、取り組んでいます。

特に平成13(2001)年度からは、県の産業教育パートナーシップ推進事業がスタートし、そこから職業高校においてのインターンシップが開始・定着していくようになりました。

全高校の86%でインターンシップを実施 
社会人講師招聘などを進める

その後、平成17(05)年度に第5次山形県教育振興計画がスタート。本県での小中高校の各段階での一貫性・整合を図ることを課題とし、キャリア教育が求められる背景や理念と基本方向、基本内容等の実践事例を加えながら検討・調査が行われました。その時に始まった「キャリア教育推進事業」の柱は4つあります。

1つは「先輩からのメッセージ」。県立高校全48校の1年生を対象に、企業や官公庁等で活躍している卒業生による講話、または県内外講師による授業の実施で、平成21(09)年度においては1年生7,544人の生徒が受講しています。

2つ目は「地域連絡協議会の開催」。県内4地区で年2回開催しています。内容は各地区で地域のインターンシップ受入企業との日程調整、教育事務所やハローワーク、商工会議所・各企業など関係機関との情報連絡会議などで、高校と産業界との間での情報交換や連携を取る目的があります。

3つ目は「インターンシップ推進事業」。この時に対象校を36校と定めました。36校の内訳は、職業学科のある高校20校、総合学科のある高校5校、比較的就職希望者の多い普通高校11校です。平成21(09)年度は受入2,116事業所、生徒のべ4,323人が体験しています。

公立高校で全日・定時を1校ずつと数えた場合、全県57校中49校での実施となり、インターンシップ実施率は86.0%で、これは47都道府県で10位以内に入ります。

4つ目は「社会人講師招聘事業」。インターンシップ推進事業の該当校である36校の2、3年生に対して実施しています。内容は、第一線で働く職業人による講義、実践的な専門技術・技能の学習、産業界の先端技術分野や新規分野の学習、起業家精神などの学習を行っています。平成21年度実績として、講師37人を招聘し、延べ3,515人の生徒が受講しています。

各高校で「キャリア教育総合実践プログラム」を
作成し、実施、検証を行う

このほか、県としては「一人一人の勤労観・職業観を育てる キャリア教育の推進」というリーフレットを作成して各高校に配布したほか、平成18~20(06~08)年度にかけては「キャリア教育総合実践事業」を開始。モデル指定校として普通科2校(真室川高校・長井高校)、専門学科1校(寒河江工業高校)、総合学科1校(庄内総合高校)の4校を指定し、3年間の体系的な進路シラバスを作成しました。

また平成19(07)年度からは「キャリア教育総合実践プログラム」の作成を呼びかけ、全県立高校でキャリア教育を実践するための指導計画書を作成しました。平成20・21(08・09)年度はこれをもとに体系的なキャリア教育を実践。そして昨年度は、実施3年目に伴って検証を進め、特に「コミュニケーション能力の育成」という視点を重視して、改善していこうという結果が出ています。現在はその結果をもとに、各校でプログラムの練り直しを行っているところです。

このような取り組みを通して、各校の教員一人ひとりがキャリア教育への意識が高まってきていると感じます。

事後指導として就職1年目の卒業生に手紙を送付し
悩みに答えるなど、離職を防ぐ試みも

山形県では、昨年3月の高校卒業者数11,728人中、就職者は2,932人で、約25%の高卒生が就職しています。「進学も就職もしていない者」は378人で、卒業生に占める割合は3.2%(全国は7.0%)で、全国の半分以下でした。高等学校の就職内定状況は昨年3月卒業生で96.7%、全国91.6%に比べても高いといえます。

キャリア教育にかかわる事業としては他に、「県立高等学校就職・早期離職対策事業」も実施しています。たとえ就職できたとしても、入社後に離職する率が高いということが社会的に問題となっていますが、山形県でもその傾向は否めません。ちなみに就職後1年目の離職率は平成21(09)年度で山形県が14.7%(全国17.1%)、就職後3年目の離職率は平成19(07)年度で39.1%(全国40.2%)という結果でした。

このような状況を受けて県では企業訪問旅費支援として、教員が企業訪問し、求人開拓やそこで働く卒業生の激励・相談を行うための旅費を支援しています。平成21(09)年度実績として訪問2,549社、訪問教員数のべ1,822人にのぼっています。

また就職1年目の事後指導にも力を入れています。高卒就職者の職場定着率を高めるため、卒業後1年目の県内就職者を対象に、手紙等で仕事の悩みや勤務状況を把握し、事後指導を実施しています。平成21(09)年度は67.0%の回答を得、悩みを抱えた卒業生への相談等約50件に及んでいます。

転職にはキャリアアップという側面もあり、一概に離職が悪いとは言えませんが、卒業後も学校や先生がしっかり見ているという安心感を与え、ミスマッチの解消や職場定着率の向上につなげていけたらと考えています。

他にも高等学校就職指導連絡会議を年に4回設けて、各校進路担当者と関係機関との間で、直近の就職状況の情報交換等を実施しています。

工業高校を中心に、産官学の連携で
ものづくり産業担い手育成モデル事業を進める

本県では製造業に従事する者の減少や地元離れなどの傾向もあることから、地域産業の担い手育成やものづくり産業の活性化が期待されています。そこで、平成20(08)年からは県としても「ものづくり産業担い手育成モデル事業」に取り組んでいます。

これは地域産業界と関係行政機関、工業高校といった「産官学」が連携を図って、ものづくり人材を育成していこうというもの。具体的には、専攻科や上級学校との連携・接続による教育課程の開発、長期インターンシップの実践と評価、科目「実習」に「企業実習」を採り入れたプログラムの開発、生徒の企業における実習や技術者の派遣、企業との共同研究・製品開発による実践的技術・技能の習得、教員の技術指導力の向上を目指した企業研修の実施などを進めていこうというわけです。

モデル実践校と重点プログラムは以下のとおりです。

●米沢工業高校:5年一貫教育(高校3年と専攻科2年)による実践的ものづくり人材を育成
●長井工業高校:産学官共同研究プロジェクト
●寒河江工業高校:「企業実習」を取り入れた実習プログラム
●新庄神室産業高校:長期インターンシップ「デュアルシステム」

農業高校では新たな名産品づくり
食農の達人づくりにも力を注ぐ

他にも本県では「食・農業 担い手育成プロジェクトモデル事業」にも取り組んでいます。地域農業関係者と農業高校の連携による、国際的に価値ある食資源を創造し、地域に根差した食農の達人づくりに力を入れています。

概要とモデル実践校は以下のとおりです。

●上山明新館高校:新たな地域の食資源の創造研究(食用ホオズキ)
●村山農業高校:ワサビ生産
●庄内農業高校・置賜農業高校:中長期的なインターンシップ
●置賜農業高校:やまがた地鶏
置賜農業高校の取り組みは▼下記を参照)

普通科高校でも医師人材育成事業や
国際化推進事業を進める

キャリア教育というと専門高校(職業高校)が主と思われがちですが、普通科高校でも様々な取り組みを行っています。普通科高校の進学校を中心に行っているのが、平成22(10)年度に始まった「医師人材育成推進事業」です。

「スーパー医進セミナー」と題して、医学部医学科を目指す生徒を対象に、予備校講師による特別講義、地域医療従事者による講演会、現医学部生の体験発表や懇談会、さらに医療現場見学等を実施しています。

また「国際化推進事業」としては、一昨年度も実施した英語集中合宿も実施する予定です。これはグローバル化が進展する社会において、積極的に国際社会に貢献できる人材の育成を目的としたもの。英語4技能の伸長と異文化理解の推進を目的に、5日間程度のALTとの英語集中トレーニングを実施します。

これらは短期的というより、中長期的な動機付けを図ることを目的としたキャリア形成の手段といえるでしょう。

出口指導にならず、進学の先を見据えた
キャリア教育を推進したい

さらに普通科の取り組みとしては以下に力を注いでいます。

進学者の多い普通科校では、一日総合大学・キャンパス体験・医療や介護系の短期インターンシップなどを、各校の独自性を出しながら実施しています。また出口指導になりがちな部分を、進学の先を見通したキャリア教育の充実が進められるよう支援しています。

一方、就職者の多い普通科校に対しては「キャリア教育総合実践プログラム」を通して、ある程度キャリア教育は浸透していると考えています。今後も生活指導・教科指導等を中心として、日常的なキャリア教育を推進していきたいと思っています。〈次回公開のPart.2では北学区にある新庄南高校の取り組みを紹介〉

地域や関係機関との連携を重視し、
地域全体で人材を育てていける土壌を目指す

ちなみに本県では普通科や理数科は学区制を取っており、地元の中学校からの進学者で占められるので、中高で比較的連携は取りやすい環境があります。また専門高校では1日体験入学や文化祭、ボランティア活動、他イベントを通して地域の小中学校と交流を持つ機会は多く、地域交流や学校理解を促進しています。

今後の課題としては、2つ挙げられるでしょう。

1つは、小中高大とつながる系統立てたキャリア教育のさらなる研究および推進です。特に3年目が経過した「キャリア教育総合実践プログラム」の見直しを通して、各校の独自性を活かしつつ、中学から高校、大学へのつながりを考え、単なる出口指導に偏らない社会の先を見据えた視点で検証を行い、生徒の実態に即したよりよい実践形態の構築を目指すことが不可欠です。

もう1つは、地域や関係機関との横のつながりを重視することです。地域連絡協議会等を通して、企業・学校・家庭等がお互いの考えを受け止め、横断的に連携・共有し合う場を形成し、地域全体で人材を育てていける土壌になるよう、様々な支援を継続して行く必要があると考えています。

トピックス
普通科高校と農業高校の生徒同士が刺激し合う試みを実施

南学区にある置賜農業高校(川西町)は食物残さの再利用策を研究していますが、昨年、リサイクルなどへの功績をたたえる3R活動推進功労者等表彰で内閣総理大臣賞に輝きました。今年(2011年)2月24日には、こうした農業高校の試みや成果を普通科高校の生徒に披露する試みが行われました。総理大臣賞を受賞した置賜農業高校「MOTTAINAIプロジェクトチーム」の3年生5人が、県有数の進学校である山形東高校の2年生242人を前に、ワインの搾りかすから作ったリサイクル試料を地鶏農家に提供する取り組みを紹介したのです。

地域と連携しながら学ぶ専門高校の生徒が、普通科高校の生徒に取り組みを紹介する県の試みの第一弾で、互いに刺激し合う場を提供できたことはよかったと思います。「農業高校が普段どんなことをしているのか知らなかったが、世界に目を向け広い範囲で活動していることが分かった」という生徒の言葉も聞かれ、非常に有意義な場となりました。こうした試みは、今後も続けていきたいと思います。

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