18-1

仕事を変えるとき
(前編)


工藤 啓
更新:2007/12/17

先日、留学時代の仲間と忘年会をしました。20歳前後だった仲間もいまは30代前後となり、さまざまな人生を歩んでいました。アメリカ生活の右も左もわからないなか、助け合いながら楽しく学生生活を送っていたころを懐かしみつつ、近況報告に花が咲きました。結婚した者、子どもがいる者、自ら事業を起こした者など、同じ環境で生活した者同士とは思えないほど、いまの生活がバラバラであったことには驚きましたが、もっと驚いたのは、ほぼ全員が転職経験を持っていたことです。

1つの会社に終生所属し続けることが当たり前だった時代とは違い、転職することが別段不思議なものではなくなりましたが、忘年会で集まった仲間の大半が会社を複数回変えていたのは、転職経験のない私には新鮮でもありました。日本企業から外資系企業、公務員から民間企業、まったく異業種への転職、同業種への転職など、ひと言で転職といってもさまざまな形、さまざまな想い、さまざまな価値観が理由として存在していました。

ただ、共通点として感じたことが2つあります。1つは、留学時代にやりたいと思っていた仕事と、いまやっている仕事、やりたいと思っている仕事がかなり異なっていたこと。もう1つは、海外の文化や価値観を日本に持ち込むような発想から、日本のよい部分を世界に発信するような発想に変わっていたことです。

私たちの学校卒業後の就職希望先は、主に自分が学んでいる分野(学部・学科)が生かせる企業でした。マーケティングならマーケティング、環境なら環境、会計なら会計といったように、学んだ専門性を発揮できる企業であり、その職種(部署)に就けることが条件でした。日本の学校のように、学生全員に対してキャリアセミナーをすることもありませんでしたから、そのくらいしか選択基準がなかったのかもしれません。しかしながら、実際に職に就いて数年後、それぞれが自らのキャリアプランを組み直し、新しい道を歩み始めていたのです。

工藤 啓
くどう けい

特定非営利活動法人「育て上げ」ネット理事長。1977年6月2日東京生まれ。大学中退後渡米。帰国後、ひきこもり、ニート、フリーター等の就労支援団体「育て上げ」ネット設立。2004年5月NPO法人化、現在に至る。
2005年…内閣府「若者の包括的な自立支援方策に関する検討会」委員/厚生労働省「キャリア・コンサルティング導入・展開事例検討委員会」委員/文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員/埼玉県「ニート対策検討委員会」委員/福島県「若者としごと」研究会アドバイザー/立川市教育委員会立川市学校評議員
著書「大卒だって無職になる」(エンターブレイン)、「ニート支援マニュアル」(PHP研究所)ほか

NPO法人「育て上げ」ネット
Lineup

【2015年 掲載】
84 親とのコミュニケーション~76

【2014年 掲載】
75 もし自分だったらどうする?~67

【2013年 掲載】
66 一声かける勇気~60

【2012年 掲載】
59 進学と奨学金~53

【2011年 掲載】
52 非日常下の成長~46

【2010年 掲載】
45 卒後生活への不安~37

【2009年 掲載】
36 仕事につながるナナメの関係~28

【2008年 掲載】
27 学校を辞めるということ~19

【2007年 掲載】
18 仕事を変えるとき~9

【2006年 掲載】
8 感情と積極性~1