そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

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非日常下の成長
~漁船にて海上に出る~

認定特定非営利活動法人 育て上げネット 理事長
工藤 啓(くどう・けい)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
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NPO法人「育て上げ」ネットでは、若者の持続的な社会参加と経済的自立をご支援差し上げています。働き続けるための昼夜逆転生活の改善や、研修を通じての対人関係力の育成、職業スキルの獲得を日常的に行っています。私たち支援者にとっても、プログラムを利用する若者にとってもそれは「日常」です。

しかし、「日常」のプログラムだけでは十分な成長機会を提供しているとは言えません。それは学校でも同じです。日々の学校生活に加え、文化祭や体育祭、修学旅行などの「非日常」が生徒を大きく成長させるのと同様に、私たちのプログラムにも意識的に「非日常」を作っています。

気持ちの良い秋晴れの日、私は若者とともに漁船に乗り込み、大海原に飛び出しました。漁業を生業とする漁業組合の方々、釣具店を営む方、ワークライフバランスを持ち、平日は会社でバリバリ働き、休日は釣りを満喫される方にもご同乗いただき、釣りを通じてさまざまな職業観に触れられる時間を作りました。

20代前半の男性は「自分のやりたい仕事がわからず就職活動に悩んでいたが、広い海を前に自分の悩みの小ささに気が付きました」と言いながら、釣り糸を海中に垂らしていました。新しい環境に飛び込めない自分を変えたいといって参加した30代の女性は「船酔いが不安だったけれど、参加してみてよかったです。違う場面でも飛び込んでいきたいです」と晴れやかな表情で感想を伝えてくれました。

夕刻となり、帰港した私たちはそれぞれが釣り上げた魚に包丁を入れました。慣れていないどころか、普段からまったく料理をしていないだろうその手つきは危なっかしく、漁師さんも苦笑いしながらさばき方を丁寧に教えてくださいました。見た目は不恰好なお刺身にしょうゆを差し、口に運んでみたときの若者の顔には「驚きのうまさ」がにじみ出ていました。

釣りをしただけ、と言ってしまえばそうかもしれません。しかし、「非日常」を経験したと捉えたらどうでしょうか。不安や悩みを抱えながら自立を目指す若者だけではなく、私たちも日々の生活のなかで意図的に「非日常」の世界に足を運んでいるでしょうか。子どもの頃は「非日常=新しい経験」があふれていました。しかし、いまはそれなりに物事を経験してきましたので、新しい経験は手間や時間、ときにコストをかけなければ得ることができません。そんな誰もが飲み込まれがちな日常生活から踏み出し、「非日常」を経験することでちょっとした気づきや小さな成長が積み重なるものだと私は考えています。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか

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