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「違う」を考える
~違わないこと~


工藤 啓
更新:2016/10/24

朝夕のご飯を食べるとき、20人とか30人で食べる家庭で生まれ育った私は、家族だけで食卓を囲む生活は別世界だと思っていました。両親がいなくても多くの大人が出入りする環境だったので、鍵っ子に憧れました。通勤のため朝早く両親が会社に行くというのはどんな感じがするのか不思議でした。幼心に自分の家はずいぶん周囲と「違う」家庭で、普通ではないという感覚をずっと持っていました。

その意味で、心のどこかで「普通」であることを求めていたように思います。インターネットで「普通」「定義」と入れて検索をしたところ、「いつ、どこにでもあるような、ありふれたものであること。他と特に異なる性質を持ってはいないさま」と出てきました。

小学生くらいだとまだ世界も狭く、比べるといってもクラスメートや同じ町内会や習い事をしている友だちくらいです。中学生、高校生と成長し、さまざまなひとと出会い、言葉も文化も違う国で暮らしてみると、そもそも「違う」ことが「普通」であって、同じ性質を持っていることの方が稀です。

他者と「違う」ことは孤立につながりやすいのではないでしょうか。実際に孤立していなくても、どことなく寂しい感覚に襲われるかもしれません。孤立感から逃げるように、みんなと同じであろうとしてしまいます。同じような音楽を聴き、似たような服装を好み、みんなが使うアプリを落とし、場にそぐわない言葉は心にしまいたくなります。

私は39歳ですが、年齢と経験を重ねるにつれ、違わないことよりも、違うことに価値を感じるようになりました。行動や考え方が似ていればそれでいいですし、「違う」ことがわかったら心の中で少しだけその違いをかみしめる、という具合です。

「違わないこと」は、「同じこと」でも「普通であること」でもありません。細かく見ていくと違うところだらけですが、大きな視点で見ると、その細かい違いが見えづらくなるだけで、やっぱり同じではなく、「違う」のです。それを個性というのかどうかはわかりません。ただ、無数にある細かい違いを意識すると、世界の見え方がずいぶん変わってくるように思います。

工藤 啓
くどう けい

特定非営利活動法人「育て上げ」ネット理事長。1977年6月2日東京生まれ。大学中退後渡米。帰国後、ひきこもり、ニート、フリーター等の就労支援団体「育て上げ」ネット設立。2004年5月NPO法人化、現在に至る。
2005年…内閣府「若者の包括的な自立支援方策に関する検討会」委員/厚生労働省「キャリア・コンサルティング導入・展開事例検討委員会」委員/文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員/埼玉県「ニート対策検討委員会」委員/福島県「若者としごと」研究会アドバイザー/立川市教育委員会立川市学校評議員
著書「大卒だって無職になる」(エンターブレイン)、「ニート支援マニュアル」(PHP研究所)ほか

NPO法人「育て上げ」ネット
Lineup

【2015年 掲載】
84 親とのコミュニケーション~76

【2014年 掲載】
75 もし自分だったらどうする?~67

【2013年 掲載】
66 一声かける勇気~60

【2012年 掲載】
59 進学と奨学金~53

【2011年 掲載】
52 非日常下の成長~46

【2010年 掲載】
45 卒後生活への不安~37

【2009年 掲載】
36 仕事につながるナナメの関係~28

【2008年 掲載】
27 学校を辞めるということ~19

【2007年 掲載】
18 仕事を変えるとき~9

【2006年 掲載】
8 感情と積極性~1