第54回

若者の地元志向
(後編)


久田 邦明
更新:2009/04/13

若者が自分の生まれ育ったところで地道に暮らしていこうと考えるのは間違っていない。しかし、これを実現させる道は険しい。若者を受け入れる条件が現在の地域社会の暮らしに備わっていないからだ。

そもそもカネを稼ぐための雇用が少ない。有効求人倍率が「1」に達するのは全国の都道府県のなかで東京都だけだというではないか。家業の後継者を考えても、多くの中小事業主がすでに廃業してしまっている。金融機関からの借入金の辻褄合わせをして綱渡りを続けている事業主も少なくないらしい。

このように地域社会の現状は厳しいが、90年代に育った世代は、この現状も織り込み済みなのかもしれない。消費生活という枠組みを取り外せば、現金収入の金額と生活レベルは比例するわけでもない。消費社会に首まで浸かった、これまでの暮らし方を括弧にくくって現状を見直せば、そこに可能性がみえないわけでもないだろう。

1960年代の小商店主などのことを振り返ってみても、現金収入がそれほどあったとは思えないが、それにもかかわらず、地域の生活共同体の名残を足場として何とか暮らしていくことができたのである。

そうはいっても昔のことを懐かしがっていても仕方がないし、現状を楽観するわけにもいかない。そこにリアルな壁として立ちはだかるのは、昔の資産価値を忘れることのできない人々の存在だろう。彼らは、時代の変化に対応した資産運用ができなくて戸惑い、立ち止まっている。商店街でシャッターを下ろしているのは、それだけの余裕のある、資産運用の欲張りたちだという見方もできるのである。彼らに後押しされる行政も同類だろう。

地元志向の若者たちのあいだでは、地元つながりと呼ばれる人間関係に着目して、助け合って暮らす姿もみられるという。かつて生活共同体が引き受けていた条件が、地元つながりというかたちで再生しているのかもしれない。

久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。

Lineup

【2010年 掲載】
第78回 青年団が教えてくれること
〜第65回 大学をユースセンターへ

【2009年 掲載】
第64回 コミュニティビジネスの希望
〜第49回 地域で子どもを育てるスポーツ少年団

【2008年 掲載】
第48回 子どもの貧困
〜第33回 生涯学習を学ぶことの効用

【2007年 掲載】
第32回 期待されていない若者たち
〜第17回 地域文化の力

【2006年 掲載】
第16回 いじめをどうする
〜第1回 大学って何?