第21回

2007-04-23UP

人は、ふれあって生きる(前編)


久田 邦明

「地域の声は、届かない」
第45回 前編 / 第46回 後編

「大学は難しい」

第43回 前編 / 第44回 後編

「子どものころ、世話になった大人」

第41回 前編 / 第42回 後編

「団塊世代の地域デビュー」

第39回 前編 / 第40回 後編

「昭和30年代は良い時代だったのか」

第37回 前編 / 第38回 後編

「若者を地域の担い手に」

第35回 前編 / 第36回 後編

「生涯学習を学ぶことの効用」

第33回 前編 / 第34回 後編

「期待されていない若者たち」

第31回 前編 / 第32回 後編

「ケータイと新老人」

第29回 前編 / 第30回 後編

「ケータイという道具」

第27回 前編 / 第28回 後編

「若者は故郷をめざすか」

第25回 前編 / 第26回 後編

「二つの放課後」

第23回 前編 / 第24回 後編

「人は、ふれあって生きる」

第21回 前編 / 第22回 後編

 UR賃貸住宅(旧公団住宅)のテレビCMが面白い。これを教えてくれたのは、東京の下町で小学校の放課後開放事業を担う女の人で、PTA活動を熱心に続けてきた、とび職のおかみさんだ。

 サイトも教えてもらったので「おはよう編」と「大きな木の下で編」の2つのCMを観た。団地へ引っ越してきた若い夫婦と小学生の娘の話だ。

「おはよう編」は、小学生の女の子が1人で登校する場面から始まる。建物の通路やエレベーターや団地内の道で「おはよう」「おはようございます」と住民に挨拶をされる。その子は黙って通り過ぎる。首には防犯ブザーがぶら下がっている。

 続いて夕食後の団欒の場面へ。「知らない人がね、皆おはようっていうんだよ。へんだよね、知らない人なのにね」と、娘が母親に伝える。すると、台所の母親は「ちょっと、ここ、面倒くさそうね」と、父親に語りかける。テレビを観る父親は気のない返事だ。翌朝、出勤する父親は隣人の挨拶に、一拍置いて応える。

「大きな木の下で編」は、娘とおばあさんが砂場で遊ぶ姿から始まる。手前のベンチで母親が見守る。その脇にもう1人、ベビーカーの乳児を連れた母親がいる。彼女は微笑みながら「不思議ですよね、知らない人が遊んでくれるのって。ちょっと心配でもある」と語りかける。生返事の相手に「案外良いものよ、ときどきちょっと面倒くさいけど」と付け加える。場面が変わると、女の子と男の子が元気に虫取りをする姿が映し出される。

 両方とも最後に、「人は、ふれあって育つ。UR賃貸住宅」の文字とことばがかぶさる。

 紋切り型の“あいさつ運動”だけしか知らなかったわたしは、うーんと唸った。
《つづく》


■「UR賃貸住宅」広告キャンペーンサイト
http://www.ur-net.go.jp/kanto/tvcm/



久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。