第40回

2008-06-23UP

団塊世代の地域デビュー(後編)


久田 邦明

「地域の声は、届かない」
第45回 前編 / 第46回 後編

「大学は難しい」

第43回 前編 / 第44回 後編

「子どものころ、世話になった大人」

第41回 前編 / 第42回 後編

「団塊世代の地域デビュー」

第39回 前編 / 第40回 後編

「昭和30年代は良い時代だったのか」

第37回 前編 / 第38回 後編

「若者を地域の担い手に」

第35回 前編 / 第36回 後編

「生涯学習を学ぶことの効用」

第33回 前編 / 第34回 後編

「期待されていない若者たち」

第31回 前編 / 第32回 後編

「ケータイと新老人」

第29回 前編 / 第30回 後編

「ケータイという道具」

第27回 前編 / 第28回 後編

「若者は故郷をめざすか」

第25回 前編 / 第26回 後編

「二つの放課後」

第23回 前編 / 第24回 後編

「人は、ふれあって生きる」

第21回 前編 / 第22回 後編

 生涯学習講座は、団塊世代が地域活動へ踏み出すためのトレーニングになるだろう。その中で注目されるのは、年長の経験者が企画立案に参加している場合だ。わたしもその種の講座に講師として呼ばれることがある。初々しい印象の新参者が、先輩たちの親切な対応に励まされている姿は、なかなか微笑ましい。行政が本気で団塊世代の地域活動を期待するのであれば、机上の計画案でよしとするのではなく、この程度の工夫をしなければならない。ただし、その先にまだ問題がある。

 あるまちの集まりで、こういう話を聞いた。地域デビューを呼びかける生涯学習講座が何年か行われ、それに参加した人たちは律儀にグループをつくった。ところが、彼らは親睦を深めるための飲み会にかまけているという。彼らに地域活動の意欲がないわけではない。それどころか、行政のイベントに協力を依頼されればクルマを出す、荷物運びなどの力仕事も厭わない。このように縁の下の力持ちの作業にも文句をいわない。それにもかかわらず、日常的な活動の機会が見当たらない。メンバーが散歩をするうちに近所の公園の様子が気になったので、仲間を誘って樹木の整備などをやろうとしたところ、役所が依頼する業者とバッティングをしてしまったという。

 この公園整備の話は実に興味深い。役所が本気で彼らの力を借りたいのならば、これまでの行政手法を改めなければならないということを教えてくれる。それをやらないでおいて、地域デビューをすすめても、すぐ底が割れるということだ。都合の良い下請けを求めるような行政に協力するお人好しの住民がどれだけいるだろうか。

 しかしこういうこともあまり大声ではいえない。何とか委員を引き受けるわたしもまた行政のご都合主義に加担しているような気がするからである。



久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。