ドリコムアイ.net…高校生の進路と教育を考えるWebマガジン
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第59回

2009-08-31UP

大学生はコンビニで高齢者と出会う(前編)


久田 邦明

「もう一つの社会について学ぶ」
第73回 前編

「ホワイトキャンバスの10年」

第71回 前編 / 第72回 後編

「地域社会は再生する」

第69回 前編 / 第70回 後編

「講義について考えた」

第67回 前編 / 第68回 後編

「大学をユースセンターへ」

第65回 前編 / 第66回 後編

「コミュニティビジネスの希望」

第63回 前編 / 第64回 後編

「青少年施策を考える」

第61回 前編 / 第62回 後編

「大学生はコンビニで高齢者と出会う」

第59回 前編 / 第60回 後編

「ピアサポート委員会の活動」

第57回 前編 / 第58回 後編

「子どもがいる暮らしの支援」

第55回 前編 / 第56回 後編

「若者の地元志向」

第53回 前編 / 第54回 後編

「高校生世代という捉え方」

第51回 前編 / 第52回 後編

「地域で子どもを育てるスポーツ少年団」

第49回 前編 / 第50回 後編

「子どもの貧困」

第47回 前編 / 第48回 後編

「地域の声は、届かない」

第45回 前編 / 第46回 後編

「大学は難しい」

第43回 前編 / 第44回 後編

「子どものころ、世話になった大人」

第41回 前編 / 第42回 後編

「団塊世代の地域デビュー」

第39回 前編 / 第40回 後編

「昭和30年代は良い時代だったのか」

第37回 前編 / 第38回 後編

「若者を地域の担い手に」

第35回 前編 / 第36回 後編

 老人大学の話をするうちに生涯学習という講義の枠を踏み外しそうになった。それはこんな事例を紹介したときのことだ。

 あるまちの職員に教えてもらった平均年齢81歳の「お茶のみクラブ」は、地元の福祉施設で月2回の集まりを続け、手書きの『お茶のみだより』を毎月発行している。また、世田谷区老人大学(現在の世田谷区生涯大学)の30周年記念誌には、個人宅を開放する「雀のお宿」というOBの活動が報告されている。

 どちらも特別な学習プログラムが用意されているわけではない。それにもかかわらず参加者にとって大きな意味をもっていることが想像される。『お茶のみだより』には会員の近況や月2回の活動日の様子が紹介されているし、雀のお宿の報告文には週1回の集まりのために体調を整え、天候に合わせた服装を用意した90代の男性の生前の姿が紹介されているのである。

 高齢者に必要とされるは、このような気楽に集まって話すところなのだろう。もし一人暮らしで誰も話し相手がいなければ寿命を縮めることになる。

 ときおりコンビニで店員に語りかける高齢者の姿をみかける。天気が良いとか、花屋さんで花を買ったとかいう、他愛もない話のようだ。若い店員の忙しそうな姿をみると、ここはそういう話をする店ではないだろうと、つい余計なことを思うが、その日常には無くてはならないひとときなのだ。

 こんなことを考え合わせると、お茶のみクラブや雀のお宿のような活動を見逃すわけにはいかない。これを生涯学習とみれば、組織的な学習プログラムと比べても知恵と工夫が要る。とりわけ世話役には人間理解にかかわる見識と当意即妙の対応能力が求められるのである。

 そうはいっても大学の講義には収まりにくい話だ。今日の講義のテーマは何なのかという不満を聞くこともある。しかし、こういう日常生活のなかの生涯学習に言及しないわけにはいかないのである。




久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。