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いま、「教育」がゆれている(ほんとうは、「教えること−学ぶこと」の関係がゆらいでいる、と書きたいところだが、余計な混乱の元になるやもしれないのでとりあえず「教育」といっておく)。それは、文部科学省のせいであろうか?それもあるだろう。
しかし、それだけに還元できない何かがある。文科省の思惑通りに「教育」や「学校」が動いてきただろうか? 絶大な影響力を持っていたことは認めるにせよ、それがそのまま子どもたちの学びを徹頭徹尾、規定してきたことはないはずだ。くわえて、文科省自体がゆれている。「臨教審」「ゆとりの教育」「学力低下」とたしかに文科省自身もゆらいできた。それは、文科省官僚の能力のなさを示すものだろうか? 文科省に責任がないとは考えない。しかし、それよりも、子どもたちを囲む環境、社会状況が変わってしまい、教育行政もその渦に巻き込まれたといってよいのではないだろうか。
私たちの住む社会は、子どもたちをつれて、どこへ行こうとしているのだろう。答えは一筋縄ではいかなし、一義的に決まるものではないだろう。しかし、私たちが今どこにいて、どこに行こうとしているのか、教育書を中心に、関連する社会科学書をもとに、少しでも考えてみたいと思う。それは、自分自身の立ち位置を究明していくことにもなるだろう。とかれこれ二十余年、ブックレビューを書いてきましたが、そう力まずと、ともかく、本の面白さを伝えられれば幸いかなと思っています。これまでに変わらず、Web版でも、これからもよろしくお願いします。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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