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姜尚中(かん さんじゅん)と吉田司の対談を異色と感じられる人がいるかもしれない。だが、すでに『AERA』誌では、吉田司が姜尚中にインタビューをし、「現代の肖像」で、描き出したこともあるのだ。しかし、異色の取り合わせであることには、かわりはないだろう。
かたや在日韓国人の東大教授、かたや個性派のライター、どうかみあい、どうぶつかり合うのか。実は、この本、一つの側面として、なまものの性格があるのだ。小泉内閣のこと、そして憲法9条のことなどを第4章「われわれはどこに行こうとしているのか」で、現在的問題として大きく取り上げている。現状にコミットしている本でもあるのだ。
しかし、それは一般的な、あるいは教科書的な歴史観に基づいて論じられているのではない。タイトルは最終節の名称から取られているが、そこへ行くまでの過程こそが、長期的な視野で見ると重要性を持って浮かびあがってくることだろう。
一般的な歴史観では、戦後60年とそれ以前というように、裁断されている。しかし、この2人は、戦時総動員体制とその後の日本国憲法下の体制の連続的側面に注目している。それは、岸伸介および自民党岸派であったり、実験国家「満州国」で実現できなかった理想が、戦後、形を変えてどのように現実化したかという共通性への着眼である。そして、その連続性が、戦後60年という形で揺らいでいるというのだ。
さきほど、「なまもの」という言葉で現状への提言を取り上げたが、その基盤には、従来にあまり省みられることの少なかった歴史観がある。はたして姜尚中の言うように「戦後70年」はないのか。長い期間で考えてみるとその歴史観の成否がこの本の真価となるであろう。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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