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思想や学問が社会的な力を失ってから久しい。すでに全共闘は1960年代末に、「専門」バカを糾弾し、80年代には「思想」そのものが、第三次産業の商品として市場で売買されるようなった。60年代までは、学問や思想は社会的な役割を担い、社会を導いていたが、現今においてはそのような役割はまったくといっていいほど、期待されていない。
それはなぜだろうか。著者は、さまざまな思想や、大衆文化の動きなどを幅広く渉猟した上で、「専門主義」と「ポストモダニズム」にその原因を求める。ネオコンサバティヴとグローバライゼーションだけが闊歩する現代社会において著者は保守主義を対抗軸として対置させる。
ただし著者の言う保守主義は、かつての(今もか?)自民党が担った「保守」主義とはまったく異なるものである。「身近なもの、身近な人間関係、その中で流れるゆっくりとした時間」を大切にする精神であり、「個人主義的な競争より、家族やその他の共同的な人間の信頼を重視」するものだ。著者によれば「競争原理とはまさに、本来の意味での保守の精神を破壊」する「自由主義といわれるべきもの」ということになる。
冷戦構造が終焉して15年以上もの年月が流れた。何が左で、何が右か渾然としているのが現状である。グローバライゼーションがアメリカンスタンダードの押しつけであるのは、肌身に感じるところではあるが、アメリカ合衆国を中心とした規制の再編成であるという見方も出されてきている。アメリカンスタンダードに対抗する軸を出すには、やや手垢に汚れた観のある言葉だが、ネオコンではない本来の保守主義を持ち出すしかないのだろうか?
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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