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「入門」と銘打ってあるが、初学者のみを読者層として書かれた新書ではない。それだけの深みと厚さを著者の社会学は持っているのだ。それだけに、一般に使われている大学の教科書用の入門書とは性格をまったく異にしている。著者の探求はいわゆる「社会学」の枠組みを大きく「越境する知」という性格を持っている。それを、私なりに要約し、社会科学のなかでの位置づけを与え、感想を記してしまえば、それはそれで書評となるだろう。「交響するコミューン・の・自由な連合」とは何か、解題してしまえばいいのかもしれない。
しかし、今回はそのような書き方をあえて拒んだ形で書き記してみたい。なぜなら、この本に対してそのような書き方をしてしまうと、読者にある種の水路づけを行えるかもしれないが、かえってやせ細った解釈を与えてしまうことになりかねないからだ。著者の初発の問題意識がどういうもので、それに対する答えがどういうものなのか、それは直接、読者の手に委ねたい。それほどまでに、扱われているテーマが、奥行きがあり、幅が広いからだ。それは大きく打って出ている副題から感じとられるとおりである。スケールがきわめて大きいのだ。
著者の文体に対しては、読者にとって好き嫌いがはっきり分かれるかもしれない。著者のファンに対しては、ここでは何も言わないでおこう。しかし、あえて好みではないという人にこの本は読んでほしいと記したい。俗世間から離れた理論と感じている人にこそ、自分の立ち位置がどこにあるのか、それを見定めるために、是非読んでもらいたいのだ。なぜ、著者の文章が自分の問題意識の琴線に触れないのか、ゆっくり確かめながら読み進めてみよう。新書という枠組みはあるにせよ、社会学に縁のない人にとっても確実に理解できるように記されている。その意味において、この本は「入門」と題されているのであろう。
書くまいと思っていたが、「社会学を生きるということの〈至福〉」といった言葉などに、さまざまに現れているように、名付けられていないことを概念化するそのセンシティヴィティの鮮やかさは、著者ならではのものが感じられる。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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