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インターネット、自傷、あぁなら練炭自殺か、などと短絡的に思い浮かべるようでは、自分からネット嫌い・時代遅れを公言しているようなものだ。たったこれだけの言葉の中にいくつもの誤りが含まれているからだ。
ブログができるようになってから、ネットの発信者は飛躍的に増大した。確かに中には、怪しげなサイトもある。しかし“2ちゃんねる”あたりの一部だけを取り上げて、ネット全体が怪しげなものというのは、針小棒大もいいところである。むしろ、当局の発表を垂れ流すだけの既存のマスコミの方が、都合のよいように操られて自由な発言の場となっていないというのが現状ではないか。少なくとも、この著者は怪しげなブロガーではない。1986年生まれ、関西の有名大学に在籍しモデルもこなすという才媛だ。自分の生き難さに直面しながらも、それを若くてみずみずしい文体で語ってくるのだ。そのリアリティがたった19日間の間に、1万以上のアクセスを誘い込んだという。自傷行為さえなければ、文筆に長けた大空が好きという目がぱっちりしたただの美人女子大生なのだ。もっともこの才能はネットがなくともきっと違った形で開花していたに違いないが。
もう一つの大きな誤りは、精神科医の間では当たり前のことなのだが、自傷と自殺は、似ているようではあるが、根本的にまったく異なったものだということだ。自殺はこの世界から自分を消すためになされる行為だ。反対に、自傷は、生きていることを確かめるためになされる行為であって、決して死に繋がるものではないのだ。この本を一読すればわかることだが、著者は一度たりとも死のうとしていない。それどころか、必死になって自分の存在を確かめようとしている。そのアクチュアリティが共感を呼びネット上でたくさんの読者を獲得したのだ。
著者は、ネット文体で書かれたこの本を詩集と呼んでいる。自分の存在に向き合うという大変な作業であるにもかかわらず、けっして湿っぽくならず、むしろ軽やかと言ってもいいように言葉を紡ぎ出すさまは、たしかに詩的な美しさがある。たった100ページ弱の本だ。しかしこの感性に触れることで、今の若者たちに向けている僕たちの視線が問われ変わるかもしれない。そして自分自身が何者であるかという存在のレゾンデートルまでもが変わってしまうかもしれないラディカルさと美しさを持っている。ネットなんて、と思っている人にこそ、手にとって欲しいものがこの本にはある。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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