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たしか大学2年生の時のことだったと思う。ゼミの席で、大学の指導教官が「かぶると誰もが幸せになれる帽子のようなものができたとして、その帽子を皆がかぶることははたして幸せか」という問いを発せられた。「幸せになるのだから、それでいいではないか」、「いや、そんなものは、ほんとうの幸せではない」と、議論百出であった。
しかしこれは、プロザック(日本では開発中止、ただしデプロメールなど他のSSRIが処方されている)に代表されるSSRIなどの抗うつ剤を「ハッピードラッグ」としてばりばりむさぼりながら、がんがん仕事にいそしむ現代人のありように、どこか重なり合うようなことがあるのではないか?
しかも一度手を出してしまうと、その効果を維持するために、ずっと手放せなくなってしまう。しかもうつ病やうつ状態に対して「非特異的」に(つまり幅広く)作用し、精神の「賦活作用」が期待される。SSRIは「精神のアスピリン」として、広く普及していくのだ。それも、精神科医が勧めるだけではなく、私たちがその「ハッピードラッグ」作用を期待して進んで受け入れるのだ。バイアグラほどではないにせよ、プロザックの英文広告を受け取った人も多いことだろう。大衆がこの薬を待望していることの証左とも言えよう。なにせ日本社会も15人にひとりがうつ病を経験する社会なのだから。
このように書くと、SSRIを中心とした抗うつ剤普及の社会学の書のように思われるかもしれないが、著者はれっきとした精神科医である。たとえば、その証左に、DSM(精神障害の統計診断マニュアル)がどのように改訂されてきたかを精査に調べることにより、精神分析を中心とした精神療法から薬物療法へと精神科治療が変遷してきたことを解明している。その中でかつての神経症は〈うつ〉に呑み込まれる。臨床の場面でも、精神の葛藤が問われることがなくなり、症状に応じた薬物を処方する方向へと変わってきたのだ。その中で副作用も少なく非特異的なうつ状態やうつ病に「賦活作用」を与えるSSRIが受け入れられてきたというのである。最初の抗精神病薬クロルプロマジンが発見されたのが1952年のことであることを思えば、薬物療法への移行は大変な勢いで進んだことだと言える。
精神分析を中心に精神医学を考える精神科医であるとはいえ、ここまで現在主流である徹底的に薬物療法の問題点を指摘した本はない。著者自身「ここまで抗うつ薬の悪口を書くと筆者は精神科医として勤務できなくなるのではないか(中略)と本気で心配している」と記すほどである。その動機は「現在主流となっている薬物療法には、少なからぬ問題があり、それを指摘せずにはいられなかった」というものだ。しかし、その語り口は論理的であるし、一般書としても「あなたがもし〈うつ〉と診断されたら」「あなたが抗うつ薬をもらったら?」「なぜ、〈うつ〉はこんなにも増えたのか?」と具体的でありわかりやすい。SSRIの問題に深く突っ込みながらも、そのすそ野は幅広く精神医療に関心のある人なら誰でも読み進めていけるわかりやすい本である。
最後に達する結論はそれだけ書いてしまうと平凡だ。「薬で全てが解決できるわけではない」「薬には副作用がある」「薬についての情報を充分与えられたうえで、消費者である患者が選択すべきである」と。しかしそこに達するまでのさまざまな研究の過程が、幅広く紹介されているのがこの本の真骨頂である。精神医学にかかわる人以外にも大きな意味がある。だからこそ、結びの言葉となっている「治るとは、苦悩を受け入れられる、苦悩に耐えうること」というフレーズが重みを持つのだ。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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