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「どうせ死ぬんじゃないですか。(中略)どういう方法で死のうと同じじゃないですか」という読者からのメールでこの本は始まる。「人間はいつか死ぬのに、生きる意味はあるのか?」という問いの答えを求めて作者はさまざまな旅に出る。北海道は浦河町にある精神障害をかかえた人たちがやっている「ベテルの家」、チェルノブイリ原発の事故でなくなってしまったベラルーシ共和国の「ゾーン」と呼ばれる汚染地帯、有機水銀で汚染された水俣は不知火の海とその埋め立て地へと。
究極の絶望の果てに立たされたところから、不思議と「希望」は湧いてくるのだ。著者は「人権」だとか「平等」だとかという近代的概念を自明視しない。それはなぜなのかという深い問いの旅へと飛び込んでいくのだ。そして生きる意味とともに、死ぬ意味への考察を深め、そのなかから、私たちの先祖たちが作り出した「たましい」という概念に行きあたる。
私がこの本に出会ったのは、和光大学・水俣展での著者の講演であった。今年は、水俣病公式発見50年の年である。その講演で著者は、この本にも出てくるが水俣病患者である杉本栄子さんが言う「ノサリ」という言葉に出会ったと言った。表面的な意味では、ノサリとは大漁のような恵みであり、宝である。大漁のときは、「今日はノサッた〜」というらしい。であるにもかかわらず、杉本さんは著者に対して、水俣病もノサリだというのだ。この本では「自分が望んだのではなくて、向こうからやってくるものをさす言葉です。大漁もノサリ、病気もノサリです」と杉本さんは言ったという。杉本さんが「水俣病はノサリです」と言われたとき、著者は「私の頭の電源は飛んでエラーしてしまった」と記している。そして「ノサリを実感するのに私は百万年かかるな」と続けている。
絶望の淵から立ち上がる希望、それを著者は書きたかったのかもしれない。日本の戦後経済は、水俣病のような公害を踏み台にしながら飛躍的な発展を見せた。東京に代表される都市は、水俣の漁民の犠牲の上に繁栄を極めた。
この本ではないが、二十数年前、リザードというパンクロックバンドは、「サカナ」という曲の中で、「ボクたちサカナ、不知火の海の底で」と歌った。今や間違いなく、東京は不知火の海の底だ。
最後に著者は記す。
「たくさん旅をして、いろんな人に出会いました。そして考えました。自分はどんな人間として生きたいか。どういうふうに生きたいか。/生きる意味は問いませんでした。想像を絶する苦難を静かに受け入れている人と出会い、その人たちの前で自分の生きる意味を問えませんでした。人間の存在はまるで海のように慈悲深く大きく強く、出会いの中で私の全存在が肯定されていきました」
そこにこそ、近代的な意味で切り縮められたのではない豊穣な「希望」が存在するのだろう。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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