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中島らもと言えば「笑い」のイメージが強い。実際には純文学も書けば、劇団もやる、さらにはロック・バンドまでやっていたので、「笑い」はその一活動領域にすぎないのだが。
もっともその登場が、コントを満載したかねてつ食品(現・カネテツデリカフーズ)のコピーライターだったために、笑いのイメージが常につきまとうのだろうか。どうであるにせよ、笑いは、中島らもの活動の主領域であったことに間違いない。その笑いについて、死の直前まで『論座』に連載していた評論「笑う門には」(イラストはみうらじゅん)を未掲載分をもふくめて全編収録、これだけでも中島らもファンに堪えられないはずだ。「笑いは『差別』だ」と断言しておきながら、「笑いはニンゲンに絶対に必要な存在だ。明記しておく」とも書く。後に自殺する落語家・桂枝雀と玉造にあるわかぎゑふのマンションで朝の6時まで語り合ったという回の連載ひとつ取り上げても、中島らもは天才だったのだという思いがこみ上げてくる。
この枝雀との「この夜の六時間をもしテープに取っておけばゆうに一冊の本が出来ただろう。買う人も多少はいたかもしれない。何故ならこれはショウマン派同士のセメント試合だからである。しかしそんなことは世故に長けた出版社の考えることだ。おれには思い出だけで十分だ」と言いきる天才は、喜怒哀楽の喜と楽のみならず、怒と哀にも踏み込んでいき、編集部とぶつかり休載を余儀なくされたりしている。もちろん、この未発表原稿も収録されている。またモロ師岡が聞き手となる「中島らもラストインタビュー」も読み応えがある。
さらにCDがすばらしい。差別用語がたくさんふくまれているために放送できなかった名曲『いいんだぜ』の弾き語りはもちろんのこと、『うつ病治療〜自殺念慮〜』で「高いビルから飛び降りる。飛び降りている途中に失神するから苦痛はない」と語っているところが、現実と二重写しとなり、えっと思わせたりしてくれる。それだけではなく、20代のころからのデビューまでのエピソードなどが語られたり、「思想を持っている人が嫌いです。自分の思想の砦の中でぬくぬくとしている人は大嫌いです」と発言したり、ファンにとってはとても貴重な堪えられない一冊となっている。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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