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満鉄、あるいは満州と聞いてどれだけのことを皆さん、ご存知だろうか。日本の傀儡国家、関東軍、石原莞爾、後藤新平、岸信介、あるいは戦前の特急「あじあ号」を連想する人がいるかもしれない。株式会社でありながら、満州の政治を牛耳っていた国策会社であることをあげる人もいるだろう。かわったところなら、夏目漱石が「満韓ところどころ」という紀行文を新聞に連載したのを知っている人がいるかもしれない。
しかし、それ以上のことをつっこんで知っている人は専門家以外、まれなのではないだろうか。私自身、大連生まれの年上の友人を持ち、祖父は旧満州国で行方不明となったというのに、ごく貧弱な知識しか持っていない。学校で日本史や世界史を履修していても、教えられることの少ないのが現実ではないだろうか。
満鉄という会社、そもそもは日本の中国支配のために作られた国策会社なのだが、その国策というのが、まったくもって一貫していない。内閣が替われば、総裁も替わる。満鉄40年の歴史のかなりの期間は、政党政治の時代なので、政権政党が替わると、総裁が替わり、その事業内容も異なってくる。軍隊、特に陸軍からの圧力によって、会社の方針も変わるのだが、その陸軍自体、現地の関東軍と、幕僚中枢で意見が一致していなかったり、幕僚自身も皇道派と統制派で対立していたりはっきりした方針がない。それに外務省、拓務省が、それぞれ勝手な方針を打ち出す。日産コンツェルンまで、首をつっこんでくる。
その中で各方面から利権を求めてもみくちゃにされた満鉄の40年の歴史を綴ったのがこの本である。巨大な会社でありながら、いや巨大であるがゆえに群がってくる政治家、役人、軍人たち。それを「世界的視野を持つ政治家を持たないまま領土だけは世界帝国化した近代日本の滑稽ともいえる悲劇」と著者は呼ぶ。
文体は、例えば林博太郎総裁をさして、「評判といえば歴代総裁の中で一番品がよかったというくらいでおよそ在任中が満鉄の大激動期だったとは信じられないような人柄だった」というように、かなり主観が前面に出たものであるので、読者の好悪は別れることだろう。しかし、それゆえにドラマティックな描写となっているのも事実だ。
エピソードも数多く収録されている。私が驚いたのは新幹線の生みの親だといわれている十河信二が満鉄出身者だったということだった。
告白しておこう、私にとって珍しく手を焼いた本だということを。まず中国の地理にも歴史にも疎いのでいちいち地図と年表を対照しなければ読み切れなかったからだ。そして、「一九八〇年代頃からいわれはじめた『国家戦略』、近年になって再び現れだした『国策』、こうした表面上華々しい言葉がかかえる曖昧さと無責任さをわれわれが常に自覚していくためにも、満鉄の歴史は決して過去の出来事としてとらえるのではなくきわめて今日的なものとして向き合わなければならないものなのだ。」と著者は執筆の動機を記す。まさしくそのとおりであろう。歴史を知らないのは若者だけではないのだ。「国益」などというとき、それは誰の利益なのか問い直してみてもよいのではないか。
満鉄以外においてもこのような近現代史の研究が進むことを期待したい。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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