第25回

2007-04-16UP

『狼少年のパラドクス』

内田 樹 著

朝日新聞社
本体1400円+税

第41回 『イラクは食べる』

第40回 『学校裏サイト−進化するネットいじめ』

第39回 『日本の行く道』

第38回 『家族パラドクス』

第37回 『エビと日本人II』

第36回 『プライドワーク―自分を作る働き方』

第35回 『しごとダイアリー』

第34回 『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』

第33回 『ベースボールの夢−アメリカ人は何をはじめたのか』

第32回 『サマースプリング』

第31回 『右翼と左翼はどうちがう?』

第30回 『人間自身 考えることに終わりなく』

第29回 『精神科医の本音トークがきける本』

第28回 『教育大混乱』

第27回 『豊かさと棄民たち 水俣学事始め』

第26回 『全国学力テスト、参加しません。』

第25回 『狼少年のパラドクス』

第24回 『生きさせろ! 難民化する若者たち』

第23回 『親より稼ぐネオニート』

第22回 『東京から考える』

第21回 『ヒット曲が世界を変える』

 今の「真面目」な大学教授は極めて忙しい。研究、教育は言うに及ばず(いえ、忙しすぎて研究できないほどです)各種類の入試、大学の自己評価など、学内業務が山積している。20年前とこれほど変わってしまった職業も珍しいことだろう(しかし、念を押しておきますが、これは「真面目」な大学教授の話で、いまだに他人に仕事を押しつけ暢気に暮らしている大学・短期大学の教授が一方にはいます。その人たちが真面目な大学教授をさらに忙しくさせているのですが)。
 
 そのような中でFD(Faculty Development)に奔走する著者の悪戦苦闘ぶりには、言葉を失ってしまうほどである。著書自身も記しているが、教育再生会議や中央教育審議会の委員は、このような真面目な大学教授の実態をご存知なのだろうか? 少なくとも、首都大学東京を作られた石原都知事はまったくご存じないと、同大開学にあてて書かれた文章を引き合いに出しながら断言している(たしかに元作家の文章とはとても思えないしろものではある)。
 
 しかも入学してくる学生といえば、著者によれば、「『オレ的に面白いか、面白くないか』と『金になるかならないか』という二つの基準」を「ドミナントなモチベーション」にした「6歳児にもわかるモチベーション」しか持ち合わせていないと言う(いや、著者は学生だけでなく日本人すべてがそうで「『国民総6歳児』への道を粛々と歩んでいる」とまで書く)。

 それでも大学教授であるためには大学に潰れてもらっては困る。定員割れしては困る。そのため、著者は関西の名門女子大学神戸女学院大学にあってものほほんとせず、生き残りをかけて大学のFDに奮闘するのだ。

 そのためには、文部科学省にまで出かけていってこれからの大学のあり方について交渉してくるのだ。ところが、私立大学を締め付けていると思われている高等教育局私学共生課長と意外と話が合うのだ。「実学志向の虚妄」などは、文部科学省側も私立大学側も奇妙に意見が合致する。不思議なものだ。

 この本のもうひとつの目玉は、ありし日の日比谷高校と東大闘争の回顧。今では、想像もつかないくらい豊かな学園生活が語られている。私は著者より8年年下だが、はるかに世知辛い学園生活を送った。それは、日比谷と灘の違いかもしれないが。いや、しかし、時代は確実に変わっている。

 それにしても忙しい大学教授の目(非常勤講師や助手の目からとはまた違うが)から、よくこれだけ小洒落たエッセイが書けるものである。これも例によってブログ本なのだが、古いものでは2001年の日付がある(おそらく、これらの部分はブログではなくHPだったのではないかと想像されるが)。このブログは現在も続いている。著者のヴァイタリティいかほどと問いたくなるほどだ。あっ、このヴァイタリティがあるから、学内業務にも酷使されるのか?




竹村 洋介
たけむら ようすけ

東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。