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精神科医というと不思議な職業である。すべての精神科医がそうだというわけではないが、AD/HDとかLDとか、難しげな概念を操っているかと思えば、実際に診療を受けてみると、3分間診療といわれるように、ひたすら薬物療法だけを施していたりする。自分たち自身も、他科を一般科と呼び、特殊であると自認している。この対談にも出てくる話だが、「張り切るのは結構ですけど、怪我はしないでくださいね。ここには医者はひとりもいないんですから」と自らを医者でないようにいったりする。他科の領域でやる治療を行うと「お医者さんごっこ」などとふざけて見せたりする。医者のようでなくて医者であるという不思議な存在だ(現実には内科など他科の医者でもあり、精神科医でもあるということは少なくない)。
もっとも医者らしくない存在なのに、裁判の精神鑑定の際などにおいては、医者の代表のような顔をして現れてくる存在でもある。いったい何が本当のところなのだろうか。
それをめぐって、2人の精神科医が、さまざまな話題を膨らませているのがこの本だ。北山修のような有名ドクター(香山リカもそうであるが)は、患者をどのようにさばいているかといった軽い問題から、臨床心理士との棲み分け・連携の問題といった重い問題までその膨らみはとどまるところを知らない。
しかし問題は自然と2つの大きな問題に収斂している。1つは、うつの問題だ。かつては統合失調症と並んで深刻な病であったうつが拡散し、軽度化しながらも数の上では急増している。辺縁群の「抑うつ症候群」をどうとらえるかで、対談は大きく膨らんでいく。
そしてもう1つ、これは社会全体の「人権派」バッシングともからむことなのだが、心神喪失者等医療観察保護法のことである。ここでは香山が聞き手にまわり、岡崎がその問題性をいくつもの側面から解説していくというスタイルとなっている。それにしても、2001年の大教大附属池田小事件をきっかけに大きな反対を押し切って成立してしまったこの法律の問題点はあまりにも多すぎる。
しかし、それだけではない。「自分探し」ブームはどこへ行くのかなど、いろいろな膨らみがあり、精神科医というのは社会をどのように見ているのかがわかってくる面白い本である。ただ惜しむらくは、宇都宮病院事件が、対談者2人が医者になる直前のことであり、取り上げられていないことだろうか。
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竹村 洋介
たけむら ようすけ
東京大学文学部社会学科卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。専門は不登校、フリースクール、ひきこもり、NEET論など。NPO法人越谷らるご顧問理事を勤める。このように、現実の社会問題をフィールドワークする一方で、書評子としては、『ドリコムアイ』誌を中心にいくつかの雑誌でほぼ25年近くにわたり連載を重ねる。社会科学全般、社会学、教育学、心理学、経済学、政治学からはては精神医療にまでその広い守備範囲とし、日本児童青年精神医学会の評議員などをも勤めた。近畿大学では、社会学、生涯学習論などの講義をおこなっている。著書に『近代化のねじれと日本社会』(批評社)、『ひきこもり』、『学校の崩壊』(共著、ともに批評社)などがある。
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