#03

きめ細かく集めた生徒情報は
必ず生きてくる


江戸川女子中学・高等学校 進路指導課副主任
清田 雅弘 先生
※部署名、役職名などは取材当時のものです
更新:2017/06/26

1931年創立の家政学校をルーツに持つ江戸川学園。城東地区の伝統校として、80年代より進学実績が急進中だ。

部活動に熱心に取り組む校風も知られており、25年前に高1の後期の音楽の授業の総仕上げとして始まった第九発表会は、吹奏楽部と弦楽部によるオーケストラと保護者による男声サポートと全校をあげて取り組む一大行事として根付いている。

「継続は力なり」
成し遂げる達成感は何物にも代え難い

私が就任したのは英語科が立ち上がり、中高一貫校になる少し前。本校は80年代末に中高一貫校としての仕組みを整え、進学に舵を切ってきました。

この10年ほどで結果が顕著に出始め、早慶上智をはじめとする私立文系の進学から、直近の5年ほどは国公立の難関校や理工系、医科を含めた進路に多様化しています。先取り内容の多い内部進学者と高校入学者は高2で合流する場合もありますが、生徒の志望に応じてカリキュラムの幅がかなり広いのが特徴です。

私は大学時代、法律家を目指して勉強していましたが、そこに疑問を持つようになり、ちょっとした挫折も味わって、少しウロウロしていたころもありました。そのときに、学校をドロップアウトした子らの家庭教師をしたことがきっかけで、教えることの魅力に気づきました。教職課程を取りなおすところから始めて教員になりました。このときの経験は現在、心が折れる生徒の気持ちに接するような場面で、役立っていると思っています。

就任してすぐに右も左もわからないまま、吹奏楽部の顧問をひとりで受け持ちました。吹奏楽部に学校が力を入れ始めプロの指導者を招くようになったころです。私は奏者ではないので指導はできませんが、教材研究か何かをしながら練習の間はずっと見守るような、いわゆるマネージャー顧問でした。

中高一貫校になり、中学生も入ってきて100人を越す部になると、ひとりではとても無理と、顧問の人員を増やしてもらいました。その甲斐あってか、中学でも高校でも全国大会に進出するレベルになりました。

吹奏楽部を降りたあと、現在は演劇部の顧問を務めています。6学年が一挙に集うと年齢差も6歳、OGも手伝いに来たりするとそれ以上です。中学の生徒にとっては、高校生は怖い存在だと思います。そんな部員たちが寝食を共にする合宿のマネジメントがまた大仕事でした。

部活を見ていると、かつては我の強い生徒が多かったように思いますし、ひとりの生徒でも6年間も見ていると変化に富みます。それは変化というよりも成長でもあり、楽しみでもあります。中2のころに反抗期が訪れた生徒も、ほどなく憑きものが取れたようにスッキリした、上級生の顔立ちになっていきます。

そこから思うのは、「継続は力なり」です。新入部員を集めて毎年言うことも、ぜひ続けて欲しいということです。学生時代、共に苦労する友人というのは得難いということもありますが、成し遂げる達成感もまた何物にも代え難いものです。

教員がみな同じ方向を意識するとき、
強い指導力が生まれる

女子校に就任した男性教員という少し特殊な立場は3年目には気にならなくなりましたが、授業は最初のころ、自分だけで手一杯という感じでした。

就任したての私は右も左もわからない新人教員でしたし、先輩からもそう思われていたと思います。新人時代はアフター5の交流が多くて、先輩からあれこれ指導や注文を頂いて、その時のことがあって私も何とか教員らしくなれました。

しかし、そんな指導がなくても今の若手の先生たちは本当に優秀だと思います。見習い期間もなく、ベテランも新人も同じ責任を与えられる学校という職場でたいへんなのに、授業も課外の指導も、また教務もできる先生が多いです。

私は吹奏楽部の顧問を休みなくただがむしゃらにやってきましたが、若い先生と話すときは、「昔は…」で始まる会話はしないように心がけています。それは卑怯ですから。

教員がみな同じ方向を意識するときに、強い指導力が生まれます。加えて教員が生徒のことをよく知り、情報をきめ細やかに共有することで、進路指導でも結果が出せることがわかっています。次の世代に向けては、パソコンでいうOSに当たるような教科指導の枠組みを作れたらなと思っているところです。

生徒の情報を集められる先生になれるといいですね。そうした情報は必ず生きてきます。授業のとき以外は職員室にこもっていると、そうはなれません。それと保護者を怖れないということ。保護者と一緒になって子どもをサポートする、そんな先生になってください。

■江戸川女子中学・高等学校(東京都江戸川区)

江戸川女子中学・高等学校
進路指導課副主任
清田 雅弘 先生
[プロフィール]
大学法学部を経て江戸川女子中・高校へ。教科は日本史のほか、公民、小論文を担当。