シリーズ5

忙しい先生の業務効率化と円滑な学校運営
Part.7 インタビュー

教職に意欲と誇りを持てる環境づくりを


龍谷大学文学部教授
京都教育大学大学院教職実践研究科教授
筑波大学名誉教授
小島(おじま)弘道 氏
※組織名称、施策、役職名などは取材当時のものです
更新:2008/06/02
1日平均10時間の勤務をこなし、さらに仕事を持ち帰る。高校教員は本当に忙しい。この忙しさの背景や意味をどう考えればいいのか、こうした勤務状況を改善しつつ教育を充実させていくには何が必要なのか。長年にわたって学校経営を研究している龍谷大学教授の小島弘道先生に話を伺った。

生活指導や学力向上への対応が
忙しさの大きな要因

――文部科学省が行った教員の勤務実態調査では、高校教員の1日の労働時間は残業を含めて10時間、それ以外に持ち帰りの仕事が30分近くあります。この実態調査の結果をどのように見ていますか。

「私は高校の先生方とも、いろいろお話しする機会があるのですが、学校現場では、調査結果として出てきたような勤務実態は常識になっていると思います。取り立てて目新しい内容ではなく、実態をそのまま反映したものといえるでしょうね」

――このような勤務実態の背景として、どのようなことが考えられますか。

「生徒指導の問題が非常に大きいと思います。いま、不登校、学校不適応、学業不振、中途退学など学業や生活上の問題が高校全体に広がっているので、先生方はこうした問題への対応に相当多くの時間をかけているのです。

一方で、学力問題が指摘されるようになりました。公立校と私立校が比較されたり、公立の学校間でも、もう少しメリハリのある教育をするように求める声が、保護者や社会から出てくるようになったりしました。放課後や土曜日に補習などを行って学力向上を図るべきだということさえ、いわれるようになっています。

学力というのは社会的にいちばん目につくところですし、生徒や保護者にとってもいちばんの関心事ですから、そこに力を入れなければならない。これも忙しさを生む大きな要因の一つだと思います」

――勤務実態と教育内容の変化との関係はどうでしょうか。たとえば、総合的な学習の時間が登場したことで、教員が従来よりも忙しくなったということはないのでしょうか。

「我々大学の人間もそうですが、専門化が進んだ高校の先生は、教科を教えるのは得意でも、横断的で総合的な思考力を授業で展開することは得意ではないと思います。ですから、総合学習が登場したことで、その準備などのために忙しさが増したという面はあるでしょうね。

ただ、多くの先生は、総合学習が求めているような能力は教育の基本だと思っているのではないでしょうか。実際に、総合学習の意義を考えて、たとえば環境問題とか人権問題などをテーマにして一生懸命に取り組んでいる先生もたくさんいます。

そういう先生はたしかに忙しくなっているかもしれませんが、たんに負担が増えたとは考えないのではないでしょうか。その忙しさは、実態調査に見られる時間的な忙しさとは違ったものではないかと思います」

忙しさの中に見える教職の特性

――忙しさにも、意味合いの違いがあるということですか。

「たとえば残業にも、嫌々ながらやらざるを得ない残業と、自主的にやっている残業があると思います。高校なら、教科ごとの打ち合わせや会議があって遅くなることもあるでしょう。それを、ただ残業という言葉で一括りにしていいのだろうか、ということです。

実は、教員の忙しさ、多忙感というのは、教育学の分野で研究対象になっているのですが、ことさらに多忙感を強調して問題視する場合もあります。しかし、私はそういう考え方に疑問を感じることがあります。というのも、多忙というのは教職の特性の1つだと思うからです。

私は、いい先生というのは面倒見のいい先生のことだと思っています。困っている子どもがいたり、学校で何か問題が起きたときに、勤務時間が終わりだからといって帰る先生はまずいないと思いますが、困っている生徒の面倒を見たり、問題を解決したり、翌日につながる指導をするような先生が、いい先生ではないでしょうか。

ある高校の数学の先生に聞いた話ですが、その先生は以前、進学校にいて、そのときは数学を教えるだけでよかったそうです。ところが、不登校などいろいろな問題を抱えている高校に転勤になった。その高校では、不登校の生徒の家を訪問して、話をしたり、生徒と保護者のケンカに立ち会ったりするような場面もあった。しかし、手紙のやりとりなどで生徒と連絡をとり続けて登校するところまでこぎ着けた。そこで、教師開眼というのか、教育とはこういうものだと思うようになったそうです。

教育には、そういう現実があるのです。学習面でも同様です。勤務時間外だとか多忙だとかいっていられない。そこに教職の特性、本質があるのではないでしょうか。

だからといって、いまのような勤務状態のままでいいというわけではありません。それは別問題です」

欧米はティーチングが中心
ドイツなどはワークシェアも

――海外の学校では、教員の勤務状況は日本とはかなり違うのでしょうか。

「欧米は教科主義ですから、ティーチングが中心です。生活指導は、家庭や社会の役割というように棲み分けがあるように思います。だから、授業が終わったら帰る。給与も、ティーチングの業務量に対していくらというように設定されます。アメリカなどでは給与は低いと言われます。そのため夏休みなどは授業がないのでアルバイトをする教員が多いと聞いています。

ドイツなどでは、ワークシェアが重要だともいわれています。午前中だけとか、午後の特定の時間だけといった仕事の形態もあるようです。

私も一時期、そういうワークシェアに関心を持ったことがあったのですが、日本で導入するのは問題があると思います。企業でいうと、安上がりの契約社員のようになってしまう可能性があるからです。学校文化や教育技術の継承という点から見ても、プラスになるか疑問です。

日本の学校のよさというのは、みんなが知恵を出し合っていくことです。そういう学校文化があるのです。それなのに、同じ学校内で、ある人は契約教員、ある人は特定の部分だけ担当する教員という状況になると、みんなで学校のことを考えていけなくなる危険性があります」

教員給与抑制を前提にした政策は
教育的貧困を招く

――昨年ぐらいから、教員の勤務負担軽減が必要との提言がいくつも出ていますが、これについてはどのようにお考えですか。

「私は、教育をよくしていくためには、教員の定数を増やすことが必要だと考えています。もちろん、たんに数を増やせばいいということではありません。教員を増やすことによって、学級規模を40人から30人にしていくとか、特色ある教育を行う学校に重点的な配置ができるようにしていくことが大切です。

しかし、国の教育振興基本計画について中央教育審議会が4月にまとめた提言では、教員を増やす方向は示されず、効率性が中心になっている気がします。学校の業務を効率化させて教員は増やさない。これは、教員給与の総額を抑制しようという政策があるからです。

教員給与の抑制を優先して教育行政を進めることは、教育的にも文化的にも日本を貧困にさせていくことにつながりかねません。日本が教育に注ぎ込む公的資金は、先進国の中でずっと下のほうです。資金を注ぎ込まないわけですから、学級規模を40人から30人にしたりはしない。これでは、『教育立国』を叫んでみても、名ばかりで裏付けがないままです。

ただ、現実問題としては、国が示している方向のなかで、学校現場の実情を踏まえた給与体系を考えていく必要はあるかもしれません」

――具体策としては、どのようなことが考えられますか。

「教員給与の総額は抑制しながら運用面を考えていく、ということは数年前から国もいっています。では、運用面でどうするのかということです。

私は、仕事を積極的にこなす教員と消極的な教員は、給与に差をつけてもいいのではないかと思っています。国のほうでも、職務の複雑性、責任の度合い、意欲、能力などを軸に教員を評価し、給与等を考えていくという方針を示しています。

そういう方針に対して、高校の先生方は全員反対かというと、必ずしもそうではなくて、とくに若手の先生は受け入れる傾向もあるのではないでしょうか。実際に私は、高校の先生から、そういう意見を聞いたことがあります」

教員が仕事にやりがいを感じ
意欲と誇りを持てる学校に

――各種提言では、教員の事務負担を軽減して、そのぶん児童生徒に向き合う時間を増やすことを求めています。しかし、それが実現しても、勤務時間だけ見たら変わらない、ということになる可能性もあるのではないでしょうか。

「変わらないでしょうね。事務負担を軽減して、その時間を指導に回すなら忙しさは変わらない。むしろ、もっと忙しくなるかもしれません。

そもそも、教育にかかわる実務的な部分を『事務』といって、教員の仕事から外すこと自体、疑問を感じます。教育は実務的な仕事も伴うものですからね。また、実務的な仕事の中には教員でないとできないものもあります。ですから、負担を軽減すべきであることは確かですが、言葉でいうほど簡単ではないと思います。

それから、先程お話ししたように、時間的な忙しさだけが問題になっているのではないと思います。文科省の実態調査では、教員の意識も調べていますが、やりがいがある仕事かという問いに8割ぐらいの教員が、やりがいがあると答えています。あれが現実だし、先生方の本当の気持ちなのです。

多くの先生方は『教職はやりがいがある。生徒のためになるなら忙しくても頑張ろう』と思っている。日本には、そういう教員文化があるのです。

ですから、負担は軽減しなければなりませんが、何よりも大切なのは、先生方が意欲と誇りと持って仕事に打ち込めるようにしていくことです」

学校運営や生徒指導を担う
リーダーの育成を

――教員の勤務状況を改善し、意欲と誇りを持って仕事ができるようにするためには、どのような方法が考えられるでしょうか。

「事務的な仕事や学校運営にかかわる仕事を軽減して、授業や指導のための時間を多くすることは必要だと思います。そのためには、教員の中で、そういう仕事を主に担う人たちが必要になります。

私は、そういう仕事を担う存在として『ミドル』が重要になってくると考えています。ミドルというのは、管理職のことではありません。力量があり、周囲の期待に応えながら学校づくりをしていけるリーダーのことです。

このリーダーは、大きく分けてマネジメント型リーダーと専門職型リーダーが考えられます。マネジメント型リーダーというのは、主に学校経営や学校運営にかかわる業務で力量を発揮する人のことです。専門職型リーダーというのは、教科や生徒指導に関する高度な専門性を持ち、ほかの教職員の指導も行える人のことです。

これからの学校には、こういうリーダーが必要ではないかと思うのです。そして、その人たちには給与面でメリハリをつけることがあってもいいのではないでしょうか。

もう一つは、校長が学校運営の方針を明確に示すことが大切です。何となく学校が動いていくのではなく、校長が学校づくりの方向性をきちっと示す。それが賛同できるものであれば、先生方は多少の忙しさは気にしないのではないでしょうか。

逆に、方向性がハッキリしない、学校がどこに向かっているのかわからないという状況だと、たとえ勤務時間内に仕事が終わったとしても、疲労感が残るだけだと思います。

先生方が意欲と誇りを持って仕事ができるような制度づくりとその運用、学校経営のあり方などについて考えていくことが、いまこそ求められているのではないでしょうか」

小島 弘道
(おじま ひろみち)
1943年生まれ。東京教育大学教育学部卒業。同大学院博士課程教育学研究科修了。神戸大学、奈良教育大学、東京教育大学、筑波大学大学院人間総合科学研究科教授を経て2008年4月から現職。この間、モスクワ大学で在外研究。日本教育経営学会・理事(前会長)、日本教師教育学会・常任理事。主な著書に『21世紀の学校経営をデザインする 上下』(教育開発研究所)『教務主任の職務とリーダーシップ』(東洋館出版社)『第3版 教師の条件』(学文社)『時代の転換と学校経営改革』(学文社)などがある。

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生徒のネットトラブルに関する
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シリーズ12
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ゆれるAO入試

シリーズ9
専門学校の実力

シリーズ8
魅力ある短期大学づくり

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リメディアル教育の現場

シリーズ5
忙しい先生の業務効率化と
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専門学校とAO入試

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シリーズ2
高校のインターンシップを
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シリーズ1
教員を育てる