EYE's Journal

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シリーズ6 リメディアル教育の現場
Part.6
リメディアル教育のこれから
新たな高大連携で基礎学力の定着を

日本リメディアル教育学会
会長 小野 博氏
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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リメディアル教育の必要性が高まる中で、前回までのレポートで見てきたように、各大学はさまざまな取り組みを進めている。しかし、全体的に見れば、まだ手探りの部分も多い。
そこで、当シリーズの締めくくりとして今回は、リメディアル教育を取り巻く環境、リメディアル教育をめぐる新しい動き、高校との連携の可能性などについて、日本リメディアル教育学会・会長の小野博氏に話を伺った。

アメリカやイギリスの大学は
基礎学力習得を制度化

▲小野 博会長

――いま、大学ではリメディアル教育が大きなテーマになってきていますが、この状況をどのようにお考えですか。

「たしかに、大学ではここ数年、リメディアル教育に対する関心が急速に高まってきました。3~4年前には、インターネットで「リメディアル」という言葉を検索しても、5件とか10件ぐらいしか出てこなかったのに、いまでは1万件ぐらい出てくるほど様相は変わりました。

関心を寄せるだけでなく、実際にリメディアル教育を行う大学も増えてきて、興味深い取り組みも数多くあります。ただ、それは各大学個別の対応にとどまっているという面もあると思います」

――それはどういう意味でしょうか。

「リメディアルを起点に視野を拡大してみると、日本の大学を取り巻く大きな問題が見えてきます。それは、日本の場合、基礎学力が低い学生には大学本来の授業を受けさせない制度がないことです。

アメリカを例にとると、大学は学生の学力別に、リサーチユニバーシティ、ティーチングカレッジ、コミュニティカレッジに分類されています。このうち、入学者選抜がそれほど厳しくないティーチングカレッジとコミュニティカレッジでも、学生には最低限の基礎学力を求めています。

英語で行われる大学の授業を受けるため、英語力が中学2年生以下のレベルと判定された学生には文系の授業を受けさせず、1年間、英語のリメディアル教育を課します。数学も同様に理系の授業を受けさせず、1年間、数学のリメディアル教育を課します。そして、1年後に再度、英語、数学の試験をして、両方とも不合格の場合は退学になります。また、卒業生の学力の保証は大学の責任です。

イギリスでは、ポリテクと呼ばれた専門学校が1980年代に大挙して大学に移行しました。その数年後には基礎学力が低い学生には1年間の予備教育を受けさせる制度ができました。

日本では、大学ごとにリメディアル教育を行うなどの改革は進んでいますが、大きく制度を変えるまでに至っていません。

もともと日本の大学は、入学さえすれば卒業はそれほど難しくない。そのため、大学を卒業しても学力が保証されたことにはならず、アメリカのように大学を出たら仕事の内容も給料も変わるというようになり得ていないのです。さらに、こうした日本の現状が、大学を卒業しても自信が持てない、就職もしたくないといった不幸な社会人を増やすことにつながっているのも残念です」

リメディアル教育の学会設立で
分野横断の交流が可能に

――2005年に、日本リメディアル教育学会が設立されましたが、どのような経緯で設立されたのでしょうか。

「リメディアル教育については、英語の先生たちは英語の学会で話し合ったり、物理の先生たちは物理学の学会で取り上げたり、それぞれの分野ごとに、どうしたらいいか考えてきました。

しかし、リメディアル教育の必要性が高まるなかで、専門分野ごとに対応するだけでなく、分野を超えて情報交換を行い、学力の評価、指導方法、教材のあり方などについて考えていくことが必要ではないかという声が高まり、学会を設立することになったのです」

――学会設立から3年半ですが、これまでの成果についてはどのように見ていますか。

「学会の主な活動としては年1回、全国大会を開催しています。この8月には4回目の全国大会を横浜市で320人の参加者を集め開催しました。内容も年々拡充され、数多くの事例報告、シンポジウム、模擬授業などが行われています。

そうした会合などを通じて、視野が広がり、仲間の輪が広がった、という会員の方が増えています。以前は、ある教科の先生は別の教科の先生がどのようなことを考えているのかわからなかったけれど、それを知ることができて刺激を受けているようです。

最近では、教科とは別に、テーマや手法ごとに仲間づくりを進めようという動きも出てきています。たとえば、学習支援センターをつくる大学が増えていますが、そういうセンターの協議会をつくろうという話も進んでいます。また、リメディアル教育にはeラーニングが適しているのですが、eラーニングによるリメディアル教育を実践している大学や、関心のある人が話し合う機会をつくろうという動きもあります」

eラーニングによる個別学習は
リメディアル教育に効果的

――eラーニングがリメディアル教育に適しているというお話がありましたが、それはどのような理由によるものですか。

「リメディアル教育は高校および中学の学習内容になりますが、中学1年から高校3年までの教材をそろえると、膨大な量になります。プレースメントテスト(学力を判定するテスト)で各学生の学力を調べ、必要な所だけを学習するのがいいでしょう。

eラーニングなら、学力に応じた個別学習も可能です。学生は自分が必要とするところを選んで学習を積み重ねていくことができるのです。

それから、インターネットを使ったeラーニングの場合、学生は教室外でも自由に勉強することができ、しかも、その学習履歴や成績のデータを大学のコンピュータに蓄積し、管理することも可能です」

――では、eラーニングでリメディアル教育を行う大学は増えてきているのでしょうか。

「すでに、eラーニングによるリメディアル教育を始めている大学はあります。しかし、その目標は学習の習慣を身につける程度で学力を上げるところまで至っていません。

教材の問題もあります。1つの大学でも、リメディアル教育を必要とする学生の学力レベルはまちまちで、教材は幅広くそろえないといけません。しかし、現状では、英語、数学を除き、中・高の学習内容を広くカバーした教材がありません。日本で適切な教材がない原因は教材を独自に開発する施設や人員を確保している大学が数えるほどしかないからです。

そこで、私の所属するメディア教育開発センターが全国の大学に呼びかけて、リメディアル教育用の共通教材を用意し、それらをインターネットで配信する仕組みを構築することにしました」

入学前に行うリメディアル教育は
意識や時間の面でメリットが

――リメディアル教育は、大学入学前に行うのが効果的だという話を聞きますが、この点についてはどうお考えですか。

「リメディアル教育を入学前教育として行うのは、たしかに効果的だと考えます。1つには学生の意識の問題があります。高校生のうちなら『高校の勉強をするのは仕方ない』と思っても、大学に入学してしまうと『いまさら高校の勉強はしたくない』という気持ちになりがちです。

現実問題としても、大学本来の授業があって、リメディアル教育も受けると二重負担になります。ですから、高校の勉強は高校生のうちに終えておくというのは自然な考えだといえるでしょう」

全入時代を迎える中で新たな高大連携も重要に

――リメディアル教育は大学が行っている訳ですが、高校と連携していく方法はあるでしょうか。

「高校と大学の連携は重要な問題だと思います。とくに入学前教育の場合、高校と大学が連携することで、より有効なリメディアル教育を行うことができると思います。

私が提案しているのは、大学側がeラーニングによるリメディアル教育を用意して、高校と大学が協力して生徒のサポートを行うことです。

高校の先生方も、AO入試や推薦入試で早期に合格した生徒に十分な学力をつけて卒業させたいと思っているでしょう。しかし、現実にはそのための手段がないし、一般入試の受験指導で忙しい。そこで、手段としてはeラーニングによるリメディアル教育を大学が用意する。

ただし、eラーニングはサポートが十分でないと成果が出にくいので、高校の先生が生徒の質問に答えたり、進み具合を確認したりするといったサポートを行う、というかたちが考えられます。

とはいえ、高校の先生の負担が増えることになり、各大学と実施方法をよく話し合う必要もあるなど、連携をうまく成立させるには課題も少なくありません。それでも、大学全入時代を迎える中で、高校と大学が役割を分担し、新たな高大連携を進めていくのは意義のあることではないでしょうか」

社会に出ても役立つ基礎学力の習得を

――リメディアル教育の今後については、どのようにお考えですか。

「リメディアル教育を必要とする学生が増えているのは事実ですが、その学生たちも能力がない訳ではありません。たまたま、家庭などで学習する機会が少なく、十分な基礎学力を身につけられないまま大学に入学してくるケースが増えたのです。

根本的な解決法は、小学校の学習は小学校のうちに反復学習によって習得してしまうことです。中学・高校でも同様になれば、大学におけるリメディアル教育は少なくなるでしょう。

一方で、基礎学力の中には社会に出たときに役立つものがあります。就職試験で使われるSPI(適性検査)は、基礎学力や、それに基づく思考力を確かめる内容です。日本リメディアル教育学会は、基礎学力を身につける学習から、発展的な学習、キャリア教育における支援なども含めて、今後、さまざまなかたちでサポートできるようにしていきたいと考えています」

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