EYE's Journal

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8-4

シリーズ8 専門学校の実力
Part.4
インタビュー
完結教育で多様な人材ニーズに応える

東京都専修学校各種学校協会 事務局次長
有我 明則氏
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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18歳人口の減少、事実上の大学全入時代の到来など高等教育機関を取り巻く環境は大きく変化している。中央教育審議会では、新たな学校種の検討も行われ、将来的には高等教育機関の枠組みが変わる可能性もある。専門学校は、そうした変化をどのように受け止め、どのように対応しようとしているのだろうか。当シリーズの締め括りとなる今回は、専門学校の現状、専門学校の実力、専門学校にかかわる新たな動きや今後の方向性などについて、東京都専修学校各種学校協会の有我明則事務局次長に話を伺った。

18歳人口の減少が続き、専門学校にも影響が

――事実上の大学全入時代が到来するなど高等教育機関を取り巻く環境が大きく変化している中で、専門学校の現状をどのようにとらえていますか。

「専門学校はここ数年、進学者数が減少傾向にあります。その最も大きな原因は18歳人口の減少です。18歳人口はピークの1992年には205万人でしたが、2008年には124万人にまで減っています。15年間で80万人も減っているわけですから、高等教育機関への進学者数が減るのは当然で、実際に専門学校も進学者数が減ったということです。短期大学も長期間にわたって進学者数の減少が続いています。

しかし、大学は進学者数の増加傾向が続いています。これは、18歳人口は減っても大学進学率が上昇を続けているからです。とくに、ここ数年は大学進学率の上昇が目立ちます。そのぶん、専門学校や短期大学は進学率も下がっているのです。このように専門学校や短期大学への進学者が減り続け、大学進学者だけが増加傾向にあることは、社会的に大きな問題を引き起こしている可能性があります」

バランスのとれた人材育成が社会全体の課題に

――社会的な問題というのは、具体的にはどういうことですか。

「ひと言でいうと、人材バランスの問題です。18歳人口が減り続けているため、専門学校や大学、短期大学を卒業して仕事に就く人材も減り続けています。そのため、社会全体として人材が足りないという事態に陥っています。そういう状況の中で、人材の量的な問題だけでなく、中味の問題が表面化してきているのです。

いま、高校卒業者のうち約50%もの人が大学に進学するようになりましたが、それで社会の多様な人材ニーズに応えられるのか、ということです。たとえば、日本料理はいまや世界的な文化になりましたが、その日本料理を支える板前さんが育たない。あるいは、介護の現場は慢性的な人材不足なのに、介護を担っていく人材の養成が十分には進んでいない。こうした問題が社会のあらゆるところで発生しているのです。

その一方で、大学卒業生、大学院卒業生の数が膨れ上がっているのですが、その人たちと人材不足が目立つ産業や職業との接点がほとんどない。こうした状態が続いていくと、日本の社会がこれまでのようなかたちでは成り立たなくなるおそれもあります。したがって、各高等教育機関がそれぞれの特色を発揮しながら、全体としてバランスのとれた人材育成を進めることができるようになることが必要だと思います」

業界に直結した教育と高い就職率が
専門学校の「実力」を示す

――社会の多様な人材ニーズに応えるという意味では、専門学校は重要な役割を担っていると思いますが、高等教育機関としての専門学校の「実力」をどのように見ていますか。

「それは“実力”というものをどうとらえるかにもよりますが、社会的ニーズに応えるという意味では力を持っているといえるでしょう。

専門学校はいまも毎年、25万人以上の学生を専門的な職業人として社会のさまざまな分野に送り出しています。専門学校制度ができてからの累計にすると1,000万人もの卒業生が活躍していて、日本の社会を支えているのです。そうした職業人が自然発生的に出てくることはあり得ませんから、これからも専門学校の教育によって養成していかなければなりません。それが専門学校の使命です。

私たちは、専門学校の教育を『完結教育』といっています。専門学校の学科はそれぞれ各種業界と直結していて、それぞれの業界が求める人材目標を設定し、そこに向けて段階的に学生を教育していきます。そして、その目標が達成できたら、その先には職業があります。

つまり、専門学校で学んだうえに、さらに何かをプラスしないと職業人になれないというのではなく、専門学校だけで教育が完結するということです。専門学校が高い就職率を維持しているのも、そうした完結教育が評価を得ているからであり、それを「実力」という言葉に置き換えることもできるのではないでしょうか」

職業人教育学会の設立で
専門学校教育の研究進展を期待

――10月に専門学校などの教育を研究対象とする職業人教育学会が設立されましたが、この学会が設立された背景はどのようなものですか。

「教育関係の学会は数多くありますが、これまで専門学校などの職業教育に焦点をあてた学会はありませんでした。しかし、職業人をどう育てるかは本来、すべての教育機関の共通テーマであり、その重要性が高まっています。そうした背景のなかで、職業教育について研究を深め、成果を共有していくために学会が設立されたのです」

――職業人教育学会には、どのようなメンバーが参加しているのですか。

「学会の役員を見ると、専門学校関係者、企業経営団体関係者、大学の研究者などで構成されていて、東京経営者協会の顧問などを務めた方が会長に選出されています。学会は組織の中からだけでなく個人でも参加できますから、今後は大学の若手研究者、高等学校や中学校の先生方などまで参加者の幅が広がっていくのではないでしょうか」

――まだスタートしたばかりですが、学会に期待することなどはありますか。

「参加メンバーからもわかるように、学術研究だけにとどまらず、人材を育てて送り出す教育関係者と、人材を採用する企業関係者とのコラボレーションが行われることが期待されます。そして、厳しい評価も含めて職業教育に関するさまざまな研究成果が発表されるようになれば、日本の教育制度の中に職業教育をしっかり根付かせていくことにもつながるのではないかと思います」

業界ニーズ踏まえたカリキュラムで
職業とのマッチングが可能に

――最近は、専門学校で4年制の学科が増えたり、一部の大学、短期大学が専門学校のような学科を設置するケースも出てくるなど、ボーダーレス化が進んでいる面もあります。そういう状況の中で、専門学校の位置付けや機能など方向性が多少変わっていくということはあるのでしょうか。

「専門学校の位置付けや機能はもともと明確なので、それが変わることはないと思います。しかし、専門学校の位置付けや機能について高校生の理解がより深まるようにして、キャリア形成のために専門学校を活用してもらうことは重要だと考えています。

たとえば、専門学校と大学の違いをわかりやすく説明すると次のようなことがいえます。

大学が左側にあって企業が右側にあるとすると、専門学校はその中間的な位置付けになります。そして、専門学校は高等教育機関の1つとして独自の教育カリキュラムを持っていると同時に、企業の教育カリキュラム的なものも取り入れながら企業ニーズに合った人材を育てています。つまり、専門学校と企業との間には、カリキュラムの乗り入れがあるわけです。さらに、教員の乗り入れもあります。

したがって、専門学校ではさまざまな業界の話を聞くことができ、業界が求める知識や技術を学ぶことができ、業界の厳しさや将来の可能性まで知ることができるわけです。

これは、OJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)まではいかないにしても、2年制なら2年間かけて業界とのマッチングをしているようなものです。通常、マッチングの期間は長ければ長いほど、いい結果が出るとされていますから、マッチングの延長線上に自分の人生を描き、納得したうえでそこに歩み出すことができます。

ですから、高校生には専門学校のそういう機能を上手に活用してもらいたいと思っているのです。もし、自分のやりたいことがわからなかったら、専門学校のいろいろな分野を探して、面白いと思えるところを探し、その内容をよく調べたうえで入学して、修業年限いっぱいを使って業界とのマッチングをするということです。

さらに踏み込んでいうと、専門学校について調べることは、キャリア教育という意味でも役立ちます。専門学校にはどんな分野があるのか、どんな授業をするのか、なぜそうした授業が必要なのか。それを調べることが業界や職業を知ることにつながるので、専門学校を一種の教材として活用してもらいたいと思います。

専門学校側としては、いまお話ししたような専門学校の位置付けや機能について、高校生や保護者、高校の先生方などに理解を深めていただくための取り組みをさらに充実させていくことが必要だと思います」

専門学校への理解を深めるため
在校生や卒業生の情報発信を

――高校生などが専門学校についての理解を深められるように、情報発信などで工夫すべきことはありますか。

「高校生に専門学校を理解してもらううえで、いちばんいい素材は先輩たちだと思います。専門学校の在校生、あるいは専門学校を卒業して社会で活躍している先輩ですね。そういう人たちのメッセージは、高校生に近い目線で伝わっていくと思います。

ある国立大学では、ホームページの中に高校生がいろいろな質問を書き込むことができ、在校生が自由に回答するコーナーを設けているところがあります。そこで情報やメッセージの共有ができるわけです。

専門学校でも、教員やスタッフの言葉だけでなく、在校生や卒業生が生の声を自由に発信していくことは大切だと思います。もし学校に不満があれば、そのまま伝わってしまうことにもなりますが、在校生や卒業生のメッセージに自信が持てないようでは職業教育はできません。専門学校への理解が深まるようにしていくことは重要なテーマの1つなので、在校生や卒業生のメッセージの伝え方などを工夫し、高校生によりわかりやすい情報を発信していきたいと考えています。

〈 取材・構成:山本龍典 〉

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