EYE's Journal

いま知りたい教育関連のテーマについて、ドリコムアイ編集部が取材・調査

30-2

シリーズ30 インタビュー・馳 浩 前文部科学大臣に聞く
Part.2
馳 浩 衆議院議員
「次世代の学校・地域創生プランを通して
教育の強靭化を!」(後編)

衆議院議員(前文部科学大臣)
馳 浩(はせ・ひろし)
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
公開:
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2016年8月中旬、編集部は、8月3日の内閣改造により、文部科学大臣の重責を後任の松野博一大臣に譲った馳浩前文部科学大臣の元を訪れ、在任中に進めていた政策、今後の教育行政のあり方について、話を伺った。(全2回・前編はこちら

いまの日本の教育現場は素晴らしい
今後は教育にも「オーダーメイド」を

▲馳 浩氏

--文科大臣をやってみたことで、改めて見えてきた日本の教育の問題点は?

やっぱり、日本の教育の現場が素晴らしいということをトップが認めなきゃいけない。マスコミの皆さんは、教員が悪いとか保護者の皆さんが悪いとか、教育委員会が悪いとか、揚げ足取りばかりやって報道されますけれども、根本的に我が国の国民の基礎学力は高いし、それを支えているモラルも高い。道徳観、倫理観も高いですよ。これはまさしく、保護者や地域や学校の教職員の教育力のおかげなのです。これをまず、認めなきゃいけない。

その上で、今後目指していくべきは、ひと言で言えば「オーダーメイド」ですよ。

これまでの日本の教育は、平均的な個人の能力を大量生産・大量消費の世界に合わせて、平均的に引き上げていく護送船団方式が得意でした。それにプラスαすべきは、やはりオーダーメイド的な教育。私は、中学校ぐらいからキャリア教育をしっかりやったほうがいいと思っています。

自分が何に向いているのかとか、何をやりたいのかとか、そもそもどんな仕事があるのか。例えば、編集の仕事というのはどんなものなのかとか。まず、それを伝えることによって、モチベーションが違ってくるはずです。子どもたちが、給料とか福利厚生の充実度などで仕事を選ぶのはおかしな話です。

まずは「こんなやりがいのある仕事がある」と知ってもらうことが大切です。例えば、スチールカメラマンでもいいし、映画のカメラマンでもいいですけど、「こういう仕事があって、これだけのやりがいがある。その仕事をプロフェッショナルとしてやるには、こういうコミュニケーション能力や基本的な事務能力が必要だ」という情報を提供する。

「オーダーメイド」というのはそういうことで、キャリア教育と一体となった基礎学力の向上。医者になろう、弁護士になろう、自衛隊員になろう、政治家になろう、など、何を志向するかは、それぞれですけれど、できれば、そのオーダーメイドも一人1つだけじゃなくて、5つか6つぐらい選択肢が提示出来ればいいと思います。

学校を卒業し、就職して、ずっと同じ会社で働く人もいれば、同じ仕事だけれども、所属する会社を変わっていく人もいる。私のように、教員をやって、プロレスラーやって、参議院議員、国会議員やって、その間に映画俳優やったり、いろんなテレビやラジオに出たり、講演をやったり、いろんな経験をしている人もいるじゃないですか。

今、学校に行っている子どもたちも、生涯同じ仕事をするとは限りません。生涯同じ仕事をしてもいいし、違う仕事をする可能性もある。そうした場合、多くの関心に応え、そういった仕事にどうしたらアクセスできるか、どうしたら学び続けられるのかという、場を提供するのがわれわれの仕事だと思うのです。

とくに文部科学省の仕事は、制度として、税金を使って、法律によって提供していく「サービス」ですから。文部科学省としては、より柔軟に、よりしたたかに、しなやかに対応していく必要があると思っています。私自身としては、やりがいのある仕事をやらせてもらったと思います。

価値観の変化に伴い、
教育機関も、新しい時代に対応できる存在に

--「オーダーメイド」「キャリア教育」というのは、これまで日本の教育があまり得意としていなかった部分ですね?

そうですよね。昔はそれでもよかった。戦後という時代背景が、教育行政をリードしていたと思います。経済成長の時代には、大量生産・大量消費、良質な品質のものをより多く、大量に生産して売り上げを上げるということが、製造業の現場においても重要な価値観として認められていました。それは否定しません。

それが昭和40年代になって、公害問題が発生し、経済活動の価値観も社会貢献とか、そういったところも重視しなければいけなくなってきた。

オイルショックがあったり、またバブル崩壊があったりして、人々の価値観は大きく変わってきました。稼ぐということは大事かもしれないけれども、それは幸福とイコールではないということがわかってきました。かつては、長時間労働が礼賛されて、働かざるもの食うべからず、というような風潮がありました。

今はむしろ、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を重視していますし、ワークシェアリングという形で、例えば、高齢者も障害者も女性もできるだけ仕事を分担して、分かち合うことによって、結果として得られる報酬から、家族観や恋愛観、幸福度を高めていく。いわゆる金銭的な価値観から家族的な価値観や個人的な価値観に移ってきたことは否めません。

このように、教育の現場を支えている社会の状況、経済状況、国際状況を踏まえた上で、われわれも、この時代をたくましく生き抜いていく教育、人間を育てるための教育機関が必要だと思うのです。

今は、そうした多様な価値観を受け入れ、いわゆるマイノリティ、障害者なども排除されないような社会になりつつある、成熟した社会になりつつあると思っています。

また、企業の社会的責任。企業が何のために存在しているかという観点からみれば、長時間労働はダメ、公害出しちゃダメというようなことは当然で、むしろ積極的に、自分たちの企業活動を通して、いかに社会に貢献できるかということが評価される時代になってきたと思います。

加えて、AIやロボット、IoTの技術革新によって、今までとは違う仕事が生まれてくるはずです。職場も、今のまま50年後も100年後も同じような仕事が続くとは限らない。教育機関も、こうした新しい時代に対応できる存在でなければなりません。

そう考えれば、今は第四次の産業革命なのではないかと思います。新たな産業革命はIoTであったり、AIの時代であったりする。そんな中で、私たちが生きていく上においての幸福観、価値観、そしてもちろん、そのために必要なスキルをどう身につけていくのかが、課題になるはずです。

これからは、「日本一国主義」的な考えだけでは生き延びていけません。やはり外国人労働者もわれわれは受け入れていかざるをえない。今後、介護、保育など労働力を必要としている現場においては、外国人労働者をいかに受け入れていくかが課題となります。単なる労働力としてだけではなく、日本の文化を理解する労働力として受け入れ、彼らが満足感を持ってもらえるような環境づくりをしていかなければいけません。

もちろん、私は、そういった観点で大臣という職責に挑みましたし、今度も閣僚経験者として、党の一員として文部科学行政を支えていこうと思っています。

わが国の文化を守り伝えるとともに、
新しい価値観を作り上げていく時代に

私が取り組んだ課題の1つに文化庁の京都移転がありました。

中央省庁は東京に一極集中している。この方が便利なのは当たり前ですが、文化=我が国の生活文化であったり伝統文化であったり、芸術芸能であったり、そういう文化の価値観を守り伝えるだけではなくて、新たに生み出していく、あるいは掘り起こしてそれを発信して、観光産業とか地域の新たなる故郷の価値観想像とかにつなげていく、そのためには必ずしも東京に文化庁が存在する必要はなく、むしろ、京都がふさわしいのかもしれない。

とにかく、今は、これまでにはなかったような新しい価値観を作り上げていく時代に向かいつつあります。もちろん、その背景にある切実な問題は、少子高齢化です。いかに労働力を確保していくか、いかに仕事を生み出していくか。イノベーションの時代、新たなる産業革命の時代をたくましく生き抜く人材を我が国は育て続ける必要がある。

その期待に、幼稚園、小・中・高校・大学、あるいは研究機関は応えていかなければいけないのではないでしょうか。

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