研究室はオモシロイ

大学、専門学校や企業などの研究室を訪問し、研究テーマや実験の様子をレポート

第13回 Part.4

第13回 時代に適した経済や金融のあり方を探る(4)
Part.4
経営者の行動をチェックする
コーポレート・ガバナンス

慶應義塾大学
経済学部 池尾 和人研究室
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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2008年9月初旬、世界はまだ、その後わずか1~2か月で「百年に一度」とさえいわれる経済危機に陥ることに気づいていなかった。私たちの生活を直撃している経済危機はなぜ起きたのか、その背景には何があったのか。そんな疑問の答えを探すとともに、日本の経済や金融が抱える課題について教えていただくため、慶應義塾大学経済学部の池尾和人先生の研究室を訪ねた。(Part.4/全4回)

業績の低迷期に関心を集め始めた
コーポレート・ガバナンス

池尾先生は、日本経済や金融という大きな視点だけでなく、個々の企業のあり方も研究対象としている。企業は経済活動の主体であり、その健全な発展が経済全体の発展にもつながってくるからだ。

企業にかかわる最新の研究テーマとしては「コーポレート・ガバナンス」があるという。そこで、今回の取材の最後に、このテーマについて教えていただくことにした。そもそもコーポレート・ガバナンスとはどのようなものなのだろう?

「日本でコーポレート・ガバナンスという言葉が使われるようになったのは最近のことです。実は、定義もなかなか難しく、定義自体が議論の対象になっているぐらいです。あえて簡単に説明するなら、企業の経営者がきちんとした仕事をしているかチェックするしくみのようなもの、といえるでしょう。

もし、企業の経営者がおかしな行動をするようになったとしても、部下が異議を申し立てるのは難しい。そうすると、経営者は『裸の王様』になって、おかしな行動を続けてしまう。

そういうことにならないように、お目付役のような人を配置して経営者の行動をチェックし、必要なら異議を唱えたりアドバイスをする。そういうイメージですね」

コーポレート・ガバナンスは、アメリカで1980年代頃から必要性が議論されるようになり、日本でも10年ぐらい前から徐々に関心を集めるようになったという。

「経営者がしっかりしていて、企業の業績もよければ、誰もコーポレート・ガバナンスなんてことは考えません。

ところが、アメリカの経営者の中には、企業全体のことや企業にお金を出している株主のことよりも自分のことを考えるような人が出てきた。プライベートジェット機を何台も買ったり、豪華な社長室をつくったりするようになったのです。そういう企業は業績も下がって、アメリカの企業は全般的に低迷が目につくようになった。そういう状況の中でコーポレート・ガバナンスという発想が出てきたのです。

日本も同様です。1990年代の長い不況期に企業業績が下がり続け、コーポレート・ガバナンスが関心を集めるようになったのです」

取締役と執行役の役割分担が徐々に増加

コーポレート・ガバナンスは、もしものときの備え、といえるかもしれない。では、具体的にはどのようなしくみが考えられているのだろうか?

「企業には取締役という人がいます。日本の場合、取締役といえば経営陣という感覚ですが、もともとの字の意味を考えてみてください。『取締役』は取り締まりをする役ですから、経営者をチェックする役割を果たすべきなのです。

ところが、日本では経営をする役割の人とチェックをする役割の人が同じで、経営とチェックが分離されていなかったのです。

そこが問題なのではないかということが指摘されるようになって登場したのが執行役員制度です。執行役員は経営を担当する人のことで、本来の意味での取締役と役割分担をするようになったのです。

といっても、経営とのかかわりがまったくない状態でチェックするのは難しいので、社長を含めて2~3人が執行役員と取締役を兼任するのが一般的です」

長期的な視点に立って
チェック機能の導入を

執行役員制度は、いまでは企業のしくみを定めた法律でも明確に位置付けられているそうだ。日本の企業でも、コーポレート・ガバナンスの重要性は次第に高まっていくということなのだろうか。

「コーポレート・ガバナンスを採り入れる企業は増えていくでしょうが、それで企業の業績がすぐによくなるというものではありません。企業の業績を左右するのは経営ですから、経営者がきちんとした仕事をしている限り、コーポレート・ガバナンスは余分なものともいえます。

ただ、経営者も人間ですから、どんなに有能で立派な人であっても、年老いて物事に対する感度が鈍ってきたり、経営者を取り巻く環境が大きく変わったりすると、以前だったら絶対にしないようなことをしてしまう可能性があります。

そういうときに、きちんとチェックするしくみを持っているかいないかは、長い目で見ると、企業にとってすごく大きな違いが出ることにつながると思います」

ここ何年かを振り返ってみても、経営者がおかしな経営をしたり不祥事を起こして、企業の業績がダウンしたり企業そのものが消滅してしまったケースがいくつもあった。一般的には、まだ馴染みの少ないコーポレート・ガバナンスだが、これからは企業にとって不可欠なものになっていくのかもしれない。

池尾先生から進路選びのアドバイス
『経済』を学びたい高校生へ

アメリカの大学では、文科系の中で経済学がいちばん人気があるといわれています。それに対して日本では、経済学の人気は低いようです。

これは、経営学や法学などに比べると、専門性や実用性が身につかないというイメージがあるからでしょう。たしかに、経済学を学んでも直接的にお金が儲けられるというわけではありません。しかし、経済学は世の中のしくみを理解するうえで非常に役立つ学問です。世の中がどのようなしくみで動いているかわかるようになると、物事を知る喜びを感じることができます。そして、自分の視野を広げることができます。そこに経済学を学ぶ魅力や意義があると思います。

現在の経済学は標準化が進んでいるので、基礎的な内容なら、どの大学でも同じように学ぶことができます。ただ、たとえば金融の研究者が多い大学とそうでない大学といった違いはあります。何らかのジャンルをより専門的に学びたい場合は、そういうところまで調べて大学を選ぶようにしたほうがいいでしょう。

《キーワードから探る学び分野の一例》

キーワード:不動産
学び分野 → 社会学、商業 など

キーワード:アメリカ合衆国の金融(各国の金融)
学び分野 → 国際、経済、経営 など

キーワード:アメリカ合衆国の行政(各国の行政)
学び分野 → 国際、政治、行政 など

池尾 和人(いけお かずひと)
1953年、京都府生まれ。1975年、京都大学経済学部卒業。1980年、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。岡山大学経済学部助教授、京都大学経済学部助教授を経て1994年、慶應義塾大学経済学部助教授。1995年から現職。経済学博士。主な著書に『日本の金融市場と組織』(東洋経済新報社)『現代の金融入門』(ちくま新書)『銀行はなぜ変われないのか』(中央公論新社)『開発主義の暴走と保身』(NTT出版)『なぜ世界は不況に陥ったのか』(日経BP社)などがある。

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