研究室はオモシロイ

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第16回 Part.4

第16回 「はやぶさ」が太陽系大航海時代の扉を開く(4)
Part.4
大気圏突入までの精密誘導を
イオンエンジンが担う

宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所
月・惑星探査プログラムグループ 國中 均教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」が7年間にもおよぶ宇宙の旅を終え地球に帰還した。数々のトラブルに見舞われながらも世界で初めて地球と小惑星の往復航行を成し遂げたはやぶさの活躍は、日本の科学技術のレベルの高さを示すとともに、多くの人々に感動や感銘さえ与えたようだ。「はやぶさ」プロジェクトの中心メンバーの1人である宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の國中均教授を訪ね、はやぶさにかかわる研究、設定されたテーマの内容、その評価などについて話を伺った。(Part.4/全4回)

最後に、リエントリーカプセルの大気圏突入とサンプル回収について教えていただくことにしよう。実は、この大気圏突入でもイオンエンジンが活躍したということなので、まずその話から伺ってみた。

「地球帰還のために2009年2月から続けていた2回目の軌道変換が2010年3月末に終了し、地球から1.4万kmのところを通過する軌道に入りました。さらにそこから、カプセルをオーストラリアのウーメラ砂漠に着陸させるために、はやぶさの精密誘導を行いました。

この精密誘導は化学推進機で行う予定だったのですが、燃料もれで化学推進機が使えなくなっていたため、イオンエンジンで行うことにしました。そういうチャンスが与えられたのは、イオンエンジンにとってはラッキーだったといえるかもしれません。とはいえ、これは想定していなかったことであり、イオンエンジンで本当に精密誘導ができるのか不安でもありました。しかし、ほかに手段はないので、チャレンジするしかありません。

結果として、精密誘導は成功しました。イオンエンジンによる精密誘導で、カプセルをピンポイントで狙った場所に着陸させることができたのです。これは非常に大きな成果といえるでしょう」

なお、はやぶさ本体もカプセルと一緒に大気圏に突入したが、本来はカプセルを大気圏に突入させて、はやぶさ本体は突入軌道から離脱し、地球に落ちない軌道に乗り換えるはずだった。しかし、化学推進機が使えない。突入軌道からの離脱はさすがにイオンエンジンではムリだったので、はやぶさ本体も大気圏に突入することになったのだ。

カプセルの大気圏突入では
技術テーマを完璧にクリア

はやぶさ再突入カプセル(横スクロールしてご覧ください)

では、リエントリーカプセルによる大気圏突入とサンプル回収はどのような技術によって、どのように実現されたのだろうか。

「カプセルは直径40cm、重さ17kgという小さなものです。この小さなカプセルが秒速12kmという超高速で大気圏に突入して、安定飛行できるようにするという空力的な技術課題があり、専門の研究者がカプセルの形状と空力特性の研究を重ねました。

それから、カプセルは大気圏突入時に3,000度の熱にさらされるので、どのような耐熱材料をどのように使うのかということも極めて重要な技術課題でした。これについても専門の研究者が、カーボン材料でカプセルを覆うヒートシールドという熱防御システムを開発しました。

それ以外にも、降下時に使うパラシュートが絡まずに開くようにすることなどを含め、さまざまな技術的工夫が凝らされています」

カプセルは、はやぶさ本体と同様に最先端技術で開発されているが、万全と思われる対策が施されていても、実際にどうなるかは運用してみないとわからない。とくに、はやぶさの場合は予定を3年も上回る7年間、過酷な宇宙空間の旅を続けてきた。そして、大気圏突入は途中で中止や変更はできない。機会は1回だけだ。

「カプセルは小さいので、中に積めるメカニズムは少なくなります。そうした非常にスリムな機器類が正常に機能するかどうかは実行してみないとわかりません。

積んでいる電池は7年後にスイッチを入れて動くだろうか。搭載しているコンピュータは壊れていないだろうか。ヒートシールドは熱を防いでくれるだろうか。パラシュートは正しい高度できちんと開くだろうか。位置を知らせるためのビーコンという電波は発信されるだろうか。

心配事はたくさんありましたが、結果的にはそうした心配は杞憂に終わり、すべてが完璧に動きました」

ヒートシールド軽量化の
研究に取り組む

▲ウーメラ砂漠(オーストラリア)に着陸したカプセル ©JAXA

イオンエンジンを使った精密誘導によって大気圏突入軌道に入っていたはやぶさは、6月13日19時51分(日本時間)にカプセルを切り離し、その後はカプセルと並走しながら22時51分にオーストラリア南部上空で大気圏に突入。ヒートシールドのないはやぶさは落下しながら燃えつきていく。22時56分、カプセルは上空5kmで予定どおりパラシュートを展開し、ビーコン電波も発信。23時08分、カプセルはウーメラ砂漠に着陸。23時56分には、ビーコン電波を追跡していたヘリコプターが目視でカプセルを発見。翌14日にはカプセルを無事に回収。こうして、はやぶさの長い長い旅は幾多の困難を乗り越えて完結した。

完璧に機能したリエントリーカプセルだが、今後の改善点としてはヒートシールドの軽量化があるという。

「今回のヒートシールドは非常に優れたもので、カプセル内の機器やサンプルの可能性がある微粒子に熱を加えることなく着陸することができています。ただ、いまのヒートシールドは重くて、カプセルの総重量17kg中の10kgぐらいを占めています。これを少しでも軽くすることができれば、カプセルの容積を増やして中に搭載できる機器を多くすることができます。そこで、より軽くて同じような耐熱性のあるヒートシールドをつくるための研究をいま進めているところです」

太陽系大航海時代に向け
木星への航路開拓を

▲「はやぶさ2」(イメージ画像)
提供:池下章裕氏

はやぶさの偉業を引き継ぐかたちで「はやぶさ2プロジェクト」が動き出しているが、國中教授の目はさらにその先も見つめている。

「少し先になると思いますが、次にめざしたいのは木星ですね。木星というのは、太陽系へのハイウエイの重要な関門になっているのです。というのも、木星でスイングバイをすると太陽系のどこにでもいくことができる。たとえば、ボイジャー、パイオニア、ガリレオ、カッシーニなどの探査機もすべて木星でスイングバイをして、さらに遠い宇宙への旅を実現しています。

つまり、木星は大航海時代の喜望峰のような存在なのです。やがて太陽系でも大航海時代がくるでしょう。そういう時代に備えて木星への航路を開拓するのが次の大きな目標になると考えているのです」

探査機や人間の乗った宇宙船が太陽系を行き交う。そんな未来を切り開くために、國中教授たちの研究とチャレンジはさらに加速していくことになりそうだ。

國中先生から進路選びのアドバイス
『宇宙にかかわるテクノロジー』を学びたい高校生へ

日本は小さな国で天然資源もほとんどありません。世界に何かを売っていくとすれば、インテリジェンスしかないと思います。インテリジェンスにはいろいろな分野があり、その1つがテクノロジーです。

はやぶさプロジェクトのような宇宙にかかわるテクノロジーは、人類の夢ともいえる宇宙開発に貢献できるのが大きな魅力です。それだけでなく、こうしたテクノロジーの研究は直接的には社会に還元できないとしても、開発技術や生産技術というかたちでさまざまな分野に役立てることができます。

宇宙にかかわるテクノロジーに関心があるなら、10年後、20年後の世界で何が求められ、そのためにはどのようなテクノロジーが必要になってくるのか考えてみることも大切です。できるだけ多くの情報を集めながら、あるべき未来を想像して、学ぶべきジャンルを決めていく。簡単ではありませんが、進路を選ぶときにはそういったアプローチも必要ではないでしょうか。

國中 均(くになか ひとし)
1960年、愛知県生まれ。1988年、東京大学大学院工学系研究科航空工学専攻博士課程修了。同年、旧文部省宇宙科学研究所(現宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所)に着任。2005年、教授に就任。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授を併任。工学博士。

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