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第17回 Part.2

第17回 ウェアラブル技術で健康危機管理を実現(2)
Part.2
「ウェアラブル・インフォメーション・
ネットワーク」について

東京理科大学 総合研究機構
危機管理・安全科学技術研究部門 板生 清教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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私たちが何気なく過ごしている日常には思わぬ危険が潜んでいる。災害、事故、病気などは、いつ誰の身に起きても不思議ではない。また、今年の夏も熱中症の多発がニュースで伝えられたように、毎日の生活のなかでも健康面の危険にさらされる可能性がある。学問の世界でも、そうした時代の要請も踏まえながら、危険を回避したり適切な対処をしたりするための危機管理についてさまざまな研究が進められている。そこで今回は、危機管理の研究に取り組んでいる東京理科大学総合研究機構の危機管理・安全科学研究部門において、主に人間の健康危機管理を研究している板生清先生を訪ね、研究の背景や内容、成果の実用化などについて話を伺ってみた。(Part.2/全4回)

センサーと情報ネットワークで
環境汚染や災害などを監視

▲板生 清教授

危機管理の研究に取り組んでいる東京理科大学総合研究機構の危機管理・安全科学研究部門において、主に人間の健康危機管理を研究している板生清先生を訪ね、お話しを伺っている。引き続き、ネイチャーインタフェイスの基本的な考え方について教えていただくことにしよう。

ネイチャーインタフェイスを実現していくための中心的な技術がウェアラブル・インフォメーション・ネットワークなのだという。

「ウェアラブル・インフォメーション・ネットワークは、わかりやすくいうとセンサーを使った情報ネットワークのことです。

ウェアラブルとは身につけることができるという意味ですが、そうした小さなセンサーを人間、自然界の動植物、人工物などにつけて、ワイヤレスでセンシングするネットワークを構築しようということです。

自然は情報を出しています。人間も心拍など生体としての情報を出している。人工物も実は古くなって壊れそうだといった情報を出しているのです。ただ、これまではそうした情報をうまくキャッチすることができませんでした。

そこで、それぞれが出している情報を小さなセンサーで収集し、対象物の状態を調べたり、対象物を制御したりするとともに、自然、人間、人工物の調和も実現していきたいと考えているのです」

ウェアラブル・インフォメーション・ネットワーク技術は、自然環境のモニタリング、環境汚染のモニタリング、野生動物の追尾による生態の解明、ダムや橋梁などの強度の遠隔監視、災害防止のための監視、道路の路面状態の監視、作物の成長の無人監視、工場の生産ラインの運転監視などをはじめさまざまな場面に応用することが想定されている。

なかでも板生先生が力を入れているのは、人間の健康危機管理への応用で、すでに一部は実用化へと動き出している。

測定した心拍データを基に
自律神経の状態を探る

▲生体センサー

ウェアラブル・インフォメーション・ネットワーク技術を応用する研究のなかでもメインテーマの1つになっているのが生体センサーによる健康危機管理だ。

「小さなセンサーを胸に貼り付け、生体情報として心拍や身体の動きなどを測定して、その情報を無線でパソコンに送り、遠隔地からでも状態を知ることができるシステムを開発しました。このシステムはすでに実用化できる段階に入っています」

生体現象とそれを測定する方法、そしてそこから得られる医学的データにはさまざまな組み合わせがあるが、板生先生はまず心拍に着目した。

「心拍は人間の健康危機管理を考えていくうえで基本になるものだと思います。心拍そのものが重要であることはもちろんですが、それだけでなく、心拍を情報処理することによって、健康に関係の深い自律神経の状態を知ることができるからです。

自律神経には交感神経と副交感神経があります。交感神経は主に頭を使っているときなど緊張しているときに働くもので、副交感神経は主に休憩や食事などリラックスしているときに働きます。それぞれが偏りなくバランスがとれていればいいのですが、バランスが崩れてくると問題が出てきます。

たとえば、交感神経が常に支配している状態が続くと、うつ病のような症状になる可能性があるといわれています。それだけでなく、自律神経の異常はさまざまな病気の原因になるという説さえあるのです」

胸に貼り付けることができる
生体センサーを開発

板生先生のプランに基づいてメーカーがセンサーの試作を進め、2010年1月に実用レベルに達した「ウェアラブル生体センサー」ができあがった。タテヨコ3㎝で厚さ5㎜というコンパクトなもので、付属するテープで簡単に胸に貼りつけることができる。

このセンサーでは、生体情報として心拍、加速度(身体の動き)、体温を測定することができるようになっている。

心拍の測定は、いわゆる心電図と同様のしくみだ。生体から出ている微小な電気信号のうち心拍の信号を拾い出し、それを増幅して無線でパソコンにセットした受信器に送信する。パソコン側では、リアルタイムで情報処理して心拍の波形を表示したり、心拍情報を蓄積しておいたりすることができる。さらに、自律神経の状態を調べることもできるようになっている。

「心拍は、交感神経が主に働いているときは正確なリズムになります。ところが、副交感神経が主に働いているときにはゆらぎが出てくるのです。ゆらぎといっても小さなものなのですが、測定した情報を解析することで、そのゆらぎがわかるようになるのです」

心拍の周期はもともとわずかな時間差があるので、心拍周期を1000分の1秒単位で求める。その心拍周期の変化をグラフ化すると、変化の幅が小さいとき(主に交感神経が働いているとき)とやや大きくなるとき(主に副交感神経が働いているとき)がわかる。そうした心拍周期の変化をさらに解析することで、交感神経と副交感神経の活動状態をグラフ表示することができる。

同様にして、睡眠の状態を調べることもできる。

「睡眠には、眠ってはいても脳が活動しているレム睡眠と、脳が完全に眠ってしまうノンレム睡眠があります。レム睡眠とノンレム睡眠もバランスがとれていることが大切で、バランスがとれていない睡眠が続くと健康に問題が出てくる可能性もあるのです」

このように、自律神経の状態や睡眠の状態を日常的に調べてデータ化し、そのデータの分析によって健康危機管理を実現することをめざしているそうだ。

身体の動きをキャッチして
姿勢の変化をCGで表示

▲生体センサーで得られる情報から、姿勢を3DのCGで表現

生体センサーの3つの機能のうち加速度の測定では身体の姿勢がどのように変化しているかを知ることができる。

「生体センサーではX軸、Y軸、Z軸という3次元の加速度を測定して、その情報を無線でパソコンに送ることができます。パソコンでは、その加速度情報を分析して、姿勢の変化を人間型のCGで表示します。パソコンをインターネットに接続すれば、地球の裏側からでも対象者がどのような姿勢をしているかがわかるのです。

この機能は、センサーをつけた人が倒れているのではないかといったことをいち早く察知する安否確認のシステムに応用することもできます」

さらに、心拍、加速度、体温のデータを蓄積して、自律神経の状態と姿勢や体温の変化を照合することも可能になる。刻々と変化する身体の状況を知ることができると同時に、ある程度の時間をかけて自律神経の状態などを詳しく調べることもできるというわけだ。

ウェアラブル生体センサーは、10月にも量産が開始される予定になっていて、センサーを活用したサービスの提供も具体化へ向けて動き出そうとしている。

《つづく》

●次回は研究成果の実用化をめざす取り組みについてです。

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