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第17回 Part.4

第17回 ウェアラブル技術で健康危機管理を実現(4)
Part.4
熱中症の危機を回避する
ネッククーラーの実現

東京理科大学 総合研究機構
危機管理・安全科学技術研究部門 板生 清教授
※組織名称、施策、役職名などは原稿作成時のものです
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私たちが何気なく過ごしている日常には思わぬ危険が潜んでいる。災害、事故、病気などは、いつ誰の身に起きても不思議ではない。また、今年の夏も熱中症の多発がニュースで伝えられたように、毎日の生活のなかでも健康面の危険にさらされる可能性がある。学問の世界でも、そうした時代の要請も踏まえながら、危険を回避したり適切な対処をしたりするための危機管理についてさまざまな研究が進められている。そこで今回は、危機管理の研究に取り組んでいる東京理科大学総合研究機構の危機管理・安全科学研究部門において、主に人間の健康危機管理を研究している板生清先生を訪ね、研究の背景や内容、成果の実用化などについて話を伺ってみた。(Part.4/全4回)

危機管理の研究に取り組んでいる東京理科大学総合研究機構の危機管理・安全科学研究部門において、主に人間の健康危機管理を研究している板生清先生を訪ね、ネイチャーインタフェイスの基本的な考え方と研究成果について教えて頂いた。最終回となる今回は、もうひとつの研究テーマ「ネッククーラー」の開発と、ウェアラブル技術の今後の展開について伺うことにしよう。

板生先生は、ウェアラブルという発想を直接的に健康危機管理につなげるものとして、夏の熱中症対策や節電対策などに役立つ「ネッククーラー」の開発と実用化にも取り組んでいる。

「ネッククーラーは、首にU字型の冷却ベルトを巻き付け、頸動脈を冷やすことによって血液、そして脳や身体全体を冷やすものです。

ベルトにはペルチェ素子のパネルを3枚貼り付けています。ペルチェ素子というのは、電流を流すと片側の面からもう一方の面に熱を移動させる働きがある半導体です。この性質を利用して首側の熱をパネルの外側に移動させ、その熱を腰につける水冷式ラジエーターを通じて外部に逃がすことによって首を冷やすしくみです。ラジエーターを制御することでペルチェ素子の温度を調節することもできます。

健康危機が叫ばれ、とくに夏は熱中症に気をつけなければいけませんが、ネッククーラーを身につけること(ウェアラブル)によって、自分で自分の健康危機を管理することができるのです」

▲ネッククーラー

ネッククーラーを開発することになったきっかけはいまから3年前、汗がかけない無汗症の子どもを持つ保護者の会から、シンポジウムで面識のあった板生先生に相談があったことだ。

「人間は汗をかくことによって気化熱で身体を冷やすのですが、汗をかかないとその機能が働きません。無汗症の方たちは、凍らせて使う保冷剤で身体を冷やしているのですが、保冷剤が溶けるまでの一定の時間しか使えません。そこで、私が研究している技術で身体を冷やす装置をつくることができないだろうかという相談があったのです」

首をじかに冷やすことで
脳や身体全体を効果的に冷やす

板生先生は、危機管理・安全科学技術研究部門の研究者を含む研究チームを編成してペルチェ素子をつけた「冷房服」の開発に取り組んだ。約1年後には試作品としてある程度身体を冷やすことができる服が完成したが、物足りなさがあったという。この方法だと、ペルチェ素子と身体との間に空気が入るので、3度か4度ぐらいしか冷えなかったからだ。そこで、板生先生の研究チームは首をじかに冷やすことに着目した。

「身体を冷やすには、首を冷やすのが最も効果的なのです。熱中症になった人も最初に冷やすのは首、脇の下、脚の付け根です。これは、それぞれ大きな動脈があるためで、動脈を流れる血液を冷やすことによって身体全体を冷やすことができるのです。

とくに、首には頸動脈が走っていて、ここを流れる血液を冷やせば脳を冷やすことができ、脳が危険な状態になるのを防ぐことが可能になります。

というのも、脳は37度前後の温度に保たれていないと破壊されるおそれがあるのです。そのため、脳の視床下部というところに温度のセンサーがあり、暑くなると汗をかいて体温を下げ脳を守ろうとします。

ですから、頸動脈を冷やすことは直接的に脳の温度を下げ、脳はもちろん身体全体を熱による危機から守ることにつながるのです」

エアコンの代わりに使えば
大幅な節電が可能

ネッククーラーの試作品は1年前にできあがった。実験によって充分な効果があることを実証したうえで改良を加えたのが現在のネッククーラーだ。

「このネッククーラーは、首の温度を17~18度ぐらいまで下げることができます。そのため、熱中症を防いだり、もし熱中症にかかった場合には急速に温度を下て脳を守ったり、健康危機を回避することが可能になるのです。

ネッククーラーは熱中症対策だけでなく、脳を常にいい状態に保つことにも活用できます。脳は37度前後でいちばん能率よく働くので、暑いときには首を冷やすことによって脳を適温に保てば、集中力の維持などがしやすくなるのです」

このネッククーラーを個人の温度調節システムとして日常的に利用すれば、夏の節電対策にもなる。

「いまはエアコンで冷房していますが、その名のとおりエア、つまり空気を介して身体を冷やすという間接的な冷房なので、電気をたくさん消費してしまいます。その点、ネッククーラーは直接、身体を冷やすことができるため、消費電力はエアコンに比べると10分の1から30分の1で済み、大幅な節電が可能になるのです」

ネッククーラーは、センサーと組み合わせて使うことも考えられている。たとえば、温度を測るセンサーを、前述した生体センサーのように胸につけて、気温や体表面の温度を測りながらネッククーラーを適切に運転することによって、より効率的に身体を冷やすことが可能になる。

ウェアラブル技術を進化させ
日常的な健康危機管理を実現

最後に、センサーを使ったウェアラブル技術の今後の展開について伺ってみた。

「東日本大震災を契機に、自分の安全や健康は自分で守ることが必要だという考え方が広まっています。それを実現するうえで、ウェアラブル技術が力を発揮することは間違いありません。

たとえば、何かあってから病院にいくのではなく自分の身体の状態を日常的に把握したり、夏には身体をじかに冷やしたりして、自分自身で健康危機管理を行うことへの注目度は高まっていくでしょう。

私たちも研究をさらに進めて、もっと使いやすいシステムをつくることをめざしています。生体センサーもネッククーラーも、実用化を進めながら、さらに軽くしたり小さくしたり、使いやすさを向上させたりすることで、誰もが簡単に利用できるようにしていきたいと考えています」

ごく小さなセンサーがついた服を着ることで常に身体の状態が測定でき、そのデータは腕時計サイズの携帯端末や情報ネットワークを通じてコンピュータに蓄積され、必要なアドバイスが随時提供される。将来は、そんな健康危機管理が可能になる日がくるのかもしれない。

板生先生から進路選びのアドバイス

万物は情報を発信しています。自然も人間も人工物もそうです。その情報をセンサーでキャッチして有効に活用する技術は、自然環境の保護、人間の健康危機管理、人工物の状態監視などをはじめ、さまざまな目的に応用することができます。

こうした技術に関心があるなら、そのベースが学べる学科を探してみるといいでしょう。センシング技術、アナログ情報をデジタル情報に変換する技術、情報ネットワークに関する技術、情報処理に関する技術などの基礎はさまざまな学科で学ぶことができます。情報に関連する学科はもちろんですが、電気電子工学、機械工学、応用物理学などに関連する学科なども候補になると思います。

そうした学科で基礎になる技術を学びながら、その技術を自分が関心のあるテーマに応用していく方法を探っていけばいいのではないでしょうか。勉強もそうですが、ワンステップ、ワンステップというかたちで目標に向かっていくことが大切です。

板生 清(いたお きよし)
1942年、東京都生まれ。'66年、東京大学工学部精密機械工学科卒業。'68年、同大学大学院精密機械工学専攻修士課程修了。同年、日本電信電話公社(現NTT)入社。副理事、記憶装置研究部長、研究企画部長などを歴任。'92年、中央大学理工学部精密機械工学科教授。'96年、東京大学大学院工学系研究科教授。'99年、同大学大学院新領域創成科学研究科教授。2004年、東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科教授・研究科長。'08年から同大学総合研究機構の危機管理・安全科学技術研究部門長も兼任。工学博士。NPO法人ウェアラブル環境ネット推進機構理事長。主な著書に『コンピュータを「着る」時代』(文春新書)『ウェアラブル・コンピュータとは何か』(NHKブックス)『情報マイクロシステム』(朝倉書店)などがある。

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