第79回

カフェ・バッハのこと
(前編)


久田 邦明
更新:2011/03/22

カフェはもともと地域の人々の交流の場だったという。こういうカフェの意味を教えてくれたのは、カフェ・バッハのご主人の田口文子さんだ。

10年以上ごぶさたしていたバッハへ出かけたのは、4年前の夏だった。久しぶりに話すことになった文子さんに近況を尋ねられたので、コミュニティカフェに関心をもっていると伝えた。すると、文子さんは「カフェはもともとコミュニティカフェだから、コミュニティカフェということばは使わない」と即座に応えた。これは、わたしには忘れられないやり取りだった。カフェのことを勘違いしていたことに気づかされたからだ。

突然の訪問にもかかわらず、話を聞いたあとで、店とは別のところに位置する、こぢんまりとしたビルの研修所や工場へ案内してくれた。素人のわたしにも、そのしっかりした経営ぶりが想像された。歩くうちに向こうから数人の女性グループがやって来た。文子さんの知り合いの近所の人々なのだろう、親しげに挨拶を交わして、「これからバッハへ行くところよ」という、バッハという店の性格を証明するようなことばを聞いた。

わたしが初めてバッハを訪れてからすでに20年ほどのときがたつ。それは、こんなことがきっかけだった。あるまちの社会教育施設の運営委員たちが、週末の午後のひととき、寄り集った人々が美味しいコーヒーを飲むという、ちょっと風変わりで楽しそうな生涯学習講座を企画した。カップルでマイカップを持参して集まるという趣向だ。わたしはそこで生涯学習の意義について語るという、何か少し野暮な感じのする講師役を引き受けていた。その会場で、バッハのスタッフに本格的なコーヒーを淹れてもらって、コーヒーにまつわる話もしてもらおうということになっていた。

バッハを訪れた日は、その打ち合わせのために、バッハのことを紹介した運営委員の案内で、何人かで連れ立って出かけた。1階が喫茶店、2階がコーヒーの焙煎や、お菓子やパンをつくる工場、その上の3階が集会所になっていて、確かその3階で話を聞いたと思う。

久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。

Lineup

【2010年 掲載】
第78回 青年団が教えてくれること
〜第65回 大学をユースセンターへ

【2009年 掲載】
第64回 コミュニティビジネスの希望
〜第49回 地域で子どもを育てるスポーツ少年団

【2008年 掲載】
第48回 子どもの貧困
〜第33回 生涯学習を学ぶことの効用

【2007年 掲載】
第32回 期待されていない若者たち
〜第17回 地域文化の力

【2006年 掲載】
第16回 いじめをどうする
〜第1回 大学って何?