
若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
213213
「まだその時期ではない」から
「売らない」仕事体験
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
公開:
先日から、「売らない珈琲屋さん」というプログラムを始めました。昨年から少しずつ取り組んでいたもので、コーヒー豆の選定から焙煎までを行い、借りたお店の一角でお客さまにふるまうという内容です。
「コーヒー」というテーマは、スタッフの趣味から生まれました。私たち育て上げネットでは、こうした個人の趣味が活動に繋がることがよくあります。私自身もかつて、趣味のボードゲームをあちこちに持ち込んで、若者が遊びながら他者と関われるようなプログラムをつくったことがあります。
この「売らない珈琲屋さん」は、予想以上に世間から注目を集めました。けれど私たちにとって、実はさほど新規性を感じていませんでした。あまり突飛なプログラムではないのです。
以前から「仕事体験」という形で、企業に協力いただきながら職場の雰囲気を感じてもらう取り組みが行われています。中学校で行われる職場体験のようなイメージをしてもらえると、わかりやすいかもしれません。
この取り組みと一般的な仕事体験の違いは、お店にスペースを借りて、私たちが外に向けてお客さまを呼びかけている点です。つまりクローズドな環境ではなく、誰でも立ち寄れる「開かれた場」として運営しているのです。
通常の仕事体験では、企業の中で与えられた作業を行います。たとえば、事務作業や農作業など、その場で完結することが多いのです。特に接客対応は含まれないことが大半です。一方「売らない珈琲屋さん」では、飲んでくださるお客さまがいなければ成り立ちません。そのため、SNSなどを通じて広報し、来店を呼びかける必要がありました。
その結果、お客さまからの反応があっただけでなく、想像以上にメディアからの関心も集まりました。実際にお店に足を運び、記事にしてくださるメディアもいくつかありました。特別なものでもないのにどうしてかなと考えるに「プログラム名」が良かったのかもしれないと感じています。
「売らない」という響きは、聞くだけでは「占い」と勘違いされることも多く、そこに興味を持ってもらいやすかったようです。そして視覚的に「売らない」という言葉が目に入ると、「売らないとはどういうこと?」という違和感から、さらに関心を引くようでした。
話を深めていくと「なぜ代金をとらないのか?」という問いに行きつきます。そうした背景を知ってもらうことで、少しずつこの事業の趣旨を理解してもらえるようになっていったのだと思います。
ここには、大切な示唆が含まれていると感じます。
「若者支援」というのは、言葉をかみ砕いて少しずつ浸透させていく方法だと、多くの方にとってわかりにくく、専門性の高い領域になってしまっているようにも思います。今回のように多少の誤解を生むものであっても、イメージしやすく、関心を持ってもらえる言葉選びが重要なのだと改めて感じました。
思い返すと、サッカーやゲームをテーマにしたプログラムでも、改めて「若者支援とは何か?」と説明する必要はあまりありません。それぞれが自分なりのイメージで、なんとなくどんなものか思い描けるというのは大切なポイントだと思います。
ちなみに、代金をいただかない理由は「クオリティが低いから」ではありません。「まだその時期ではない」と若者自身が感じているからです。「売らない」という発想は、若者たちの心情が反映されているのだと思います。
技術を磨くこと、お客さまと会話を楽しむこと、自分がふるまったコーヒーを「おいしい」と言ってもらえる喜び。それらをひとつひとつ確かめながら、「いつか売ってもいいかな」と思える日が来るのかもしれません。
私たちはともすると、成果を「目に見えるもの」で測ってしまいがちです。けれど、人と人との関係性の中で、少しずつ自信を育んでいくプロセスこそが、支援の本質なのかもしれません。
このプログラムはコーヒーをたしなむとき、若者とお客さんがコミュニケーションをとり対話が生まれます。そうした「見えにくい価値」が、実は社会をあたたかくしているのだと、私は感じています。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)