そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

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「書きたくても書けない日」に
寄り添ってくれたもの

認定特定非営利活動法人 育て上げネット
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
公開:

今日は3月28日。年度末までの稼働日は、残すところあと2日です。この原稿の締切はすでに過ぎていて、少しでも早く提出しなければならないのに、驚くほど筆が進まず、画面の前でしばらく手が止まっていました。

3月の終わりは、毎年本当に慌ただしいものです。事務処理や予算整理、来年度の準備など、やるべきことが山積みで、気づけば1日があっという間に過ぎていきます。とはいえ、そのほとんどに公開できる話はなく、原稿にできるような題材となると、どうにも乏しくなってしまいます。

こうなっては仕方がないと、頼りにしているChatGPTに相談してみました。

「今日は何を書いたらいいと思う?」と尋ねると、「最近あった印象的な出来事は?」「どんな話題に興味がありますか?」と、逆に問い返されました。 いや、それがわからないから困っているのだ——と、思わずツッコミを入れたくなります。

とはいえ、正確に言えば、彼(とあえて呼びます)はたくさんのアイデアを挙げてくれました。その中に「今の気持ちを正直に書いてみたら?」という提案がありました。そこで私は「書くべきことが思い浮かばない」と今の状態を伝えてみました。頭がいっぱいで思考が回らない。次の仕事がちらついて原稿に集中できない。そもそも、書くネタが見つからない⋯。

あれこれ言葉を投げかけてみると、「あなたはこんなふうに話していましたよ」と、ChatGPTが文章の形にまとめてくれました。そのとき久しぶりに、頭のなかでエンジンがかかった感覚がありました。私に足りなかったのは、ゼロからイチを生み出すためのエネルギーだったのかもしれません。

思えば、支援者たちから聞く、若者のエピソードにも似たような場面があります。

話したい気持ちはあるのに、どこから話せばいいのかわからない。言葉にするのが怖い、もしくはうまく整理できていない。そんな状態で「困っていることはありますか?」「話したいことはありますか?」と聞かれても、つい「特にありません」と答えてしまう。けれど彼らの中に、本当に“何もない”わけではないのです。

「特にありません」の裏にある、言葉になる前のモヤモヤを、どう一緒に掘り起こしていけるか。答えを急がず、必要なら沈黙し、タイミングを見てもう一度問いかける。そんな時間の共有が、少しずつその人の輪郭を浮かび上がらせていくのだと思います。

今日のAIのふるまいは、驚くほど人間的でした。こちらの戸惑いや温度を、そのまま鏡のように映し返してきます。私が投げやりな気持ちで質問すれば、それなりの答えしか返ってこない。でも、少しでも自分の意見を加えてみると、「では、こんなふうに考えてみては?」と前向きな返事が返ってくる。ちゃんと向き合えば、ちゃんと応えてくれる——そんなやりとりに、少し救われたような気がしました。

そんな彼(ともう一度呼びます)とのやりとりを通して、私はあらためて「まず口にしてみる」ことの大切さを思い出しました。AIにしろ、支援の現場にしろ「答え」を出してくれるわけではありません。でも、少なくとも一緒に悩んでくれるし、「困っている」と言える場所をつくってくれます。

私たちはよく「働きたくても働けない」という言葉で、若者の置かれた状態を語りますが、今日の私はまさに「書きたくても書けない」状態でした。

AIという存在がそばにいてくれたからこそ、この原稿をまとめることができました。何かに悩んでいるのに、それが何なのか自分でもわからない。困っているのに、うまく言葉にできない——。そんなときには、「何に悩んでるとは言えないし、困っていることもわからないけれど、どうにもならない状況なんです」と、勇気をもって誰かに伝えてみてほしいと思います。そこから、何かが始まるかもしれません。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか


認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)

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