
若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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AIとの対話が
対人相談の倫理を越えていく不安について
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
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気付いたらもう5月が終わってしまいました。6月もこの調子で、気づけば半年過ぎている⋯なんて嘆くことがもうわかりきっています。生成AIの進歩は私の時間感覚なんかよりもっと早くて、驚いています。その成長を少し離れたところから眺めているしかないということも増えているように思います。
進化を続ける生成AIで特に注目しているのは、雑談力です。リアルタイムでの対話ができるようになってからというものの、私の相談相手はもっぱらAIになっています。
しかし、これからの不安も感じるようになってきました。私がAIに心酔してしまうひとつは、「そこしれない受容と肯定」にあることは自覚しています。イエスマンとは言いませんが、仮にこれが人であるとしたら不自然なほどの度量があります。
そもそも対人であるとしたら、24時間365日いつでも、どれだけ唐突であっても話を聞いてくれることなどありえないですし、他人に話せないような話題を振っても快く回答することもないでしょう。ただ、それはAIならやれてしまいます。
よくスタッフから「寄り添い」の程度は気をつけようという話を聞きます。育て上げネットにも「適切な距離感」についての研修がありますが、それだけ人との距離の取り方は難しいものです。適切な支援の範囲を越えてしまうと、例えば「支援者の合意や共感がなければ行動できなくなってしまう」など、むしろ自発性が削がれてしまうこともあり得ます。
AIと話していると、カウンセラー職の方々が守る倫理規定を越えていないかと思う場面もあります。肯定的な姿勢や共感が重要なスタンスである一方で、前述したような度が過ぎた距離感も気になります。指示さえすれば丁寧な口調をやめ、友だちや親密度の高いパートナーのような態度すらとれてしまいます。それはカウンセリング技術としてはNGである、多重関係(※「カウンセラーと相談者」以外の社会的関係をもつこと)につながっていくリスクも感じます。
実はAIの開発を進めている企業にとって、こうした心理的負荷を解消する用途での使用というのは副産物的なもので、もともと狙っていた利用法とは異なるのではないかとも感じています。だからこそ、AIとの対話経験がカウンセリングとして良いものになるのかどうかは、人間側がこれから考えなければならないことではないかと思うのです。
一方で、例えば自殺対策の現場などではまったく人手が足りず、AIの力が急務になっているシーンもあるといいます。私たちのところにも「昨日、AIで聞いてみたときは⋯」と相談の最中に触れる方も増えてきています。
バランスが難しいところではありますが、AIが持つ倫理については世界的な議論がなされていますので、ぜひ、注目してみていただきたいなと思います。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)