そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

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「分かり合えない」を前提にした
つながりを作ること

認定特定非営利活動法人 育て上げネット
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
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大学生のとき、この人には絶対にかなわないと思ったことが何度かあります。同期の友人がそのうちのひとりでした。友人は「一度聞いた名前と顔を忘れない」という能力の持ち主で、例えば50人ほどが乗った大型バスの車内で自己紹介をされたら、全員の顔と名前が一致するほどです。

私はそういうのがすこぶる苦手で、いまもそれで苦労したり、相手を不機嫌にさせてしまうことがあります。彼のようになりたいと思ったことはないけれど、このときの経験ほど「個々人の能力のばらつき」を強く感じさせられることもありません。

私が働き始めたころ、自分のできなさに鬱屈とした日々を過ごしていたことがありました。その時期に上野にある「2k540」(東京都台東区)という、伝統工芸などのものづくり企業が集まる商店街のような場所を訪れたとき、ある店舗でみたカバンにひとめぼれしました。働き始めの自分には決して安い金額ではなかったのですが、勢いで購入したのを覚えています。

あとで調べてみると、このカバンを作っている人たちは期間限定の出店で、普段は全国の百貨店などをまわり商品を販売している、不思議な業態の方でした。オンライン販売もなく、自分たちの店もないスタイルなので、会えること自体がレアな体験です。

その後も近くで出展しているときには顔を出して、ちまちまとグッズを買わせてもらい、最初に買ったカバンの糸が切れてしまったときは修理までしてくれました。ここ数年はコロナ禍だったり、仕事の関係もあって縁遠くなってしまったのですが、先日、上野で出店しているのをインスタグラムでみたので、久しぶりにお邪魔してみました。

しばらく会っていないし、そもそもその前だって年に1度会うかどうかという関係性だったので、新規のお客さんくらいの気持ちでお邪魔したのですが、店主の方は「やまざきさんですか?」とお声がけをしてくださったのです。たまたまその日持っていたカバンから記憶を呼び戻したそうで、どこそこで出店したときに何々を買われましたよね、と正確に記憶されていました。

全国を回りながらファンを作っていくお仕事でしょうから、顔と名前が一致するのは大前提なのかもしれません。もしかしたら、なんらかの購入履歴なんかをたどったのかと邪推もできるのですが、おそらくはそういう能力なのだろうと思います。

自分には到底考えられないその記憶力を目の前にして、大学の友人に抱いた感情がリフレインしました。私が忘れてしまったこともつぶさに記憶しているのでしょう。実際、友人はたまに会うたびに「大学時代にそんなことあったろうか?」というエピソードを話してくれるのですが、最後まで思い出せないときもあります。

とりとめのない話をつらつらと書いてしまいましたが、私はこういうときに「みんな違う」のを実感します。どうしても自分の基準で、ものごとを捉えてしまうのだけれど、それをこの店主の方や大学の友人が同じ感情で受け止めているとは到底思えません。

能力的なこと、成育環境、文化的な受容とさまざまな点で人は変わっていくのでしょうけれど、若者支援を続けるうえで、自分はどう思うかという観点ではなく、目の前にいる若者がどう感じるか、何を思うのだろうかと考えていかなければならないなと思います。

闇バイトの募集にのってしまった若者や「トー横」などの繁華街に夜出ていく若者。そうした若者を理屈で理解することはもしかしたら難しいのかもしれない。けれども確実に、同じ日本社会のなかにお互いがいる以上、分かり合えないにしてもそれを前提とした関わりはできるのではないかなと思っています。

若者支援はいま、そうした出会いやつながりをどう構築していくかに注力をし始めました。誰ひとり取り残さない社会を目指すための最初の一歩は、相互を分かり合えない前提でつながり続けることなのかもしれません。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか


認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)

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