
若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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ユニセフの子どもの幸福度
「レポート・カード19」を読んで思うこと
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
公開:
私が大学生のころ『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)という本が話題になりました。当時、まだ新進気鋭の若手という扱いだった古市憲寿先生が出されたもので、社会学部の教授陣が注目した一冊でした。経済的な衰退、少子化が著しく進み、絶望の将来が現実的になりつつある日本に住む若者たちが、データ上では「幸福」を感じているという逆説的な状況について触れられたものでした。
当時、東日本大震災の災害救援ボランティアに参加していた私にとっては、非常に心にくるものがありました。被災地の状況はこの国の衰退をはっきりと可視化して、まさに絶望が具現化したような惨状でしたが、同時に、そうした現場で活動するなかでいただく御礼や仲間たちとの交流を通じて自己効力感の高まりがあったことは事実です。古市先生の書かれた絶望や幸福と意味は違うところもありますが、自分の置かれた状況を言い当てれられた感覚を今でも覚えています。
子どもたちの幸福はさまざまなところでデータが取られていて、今年5月にはユニセフがまとめている「先進諸国の子どもの幸福度レポート・カード19(RC19)」(英文)が公開されました。このデータは5年ごとに同じ内容で先進国を対象にとられているもので、その遷移から若者の置かれている環境の変化を見ることができます。
日本視点からの概観は阿部彩先生のコメント(PDF/1.1MB)がわかりやすくまとまっていて、そちらを読んでいただくのが良いと思います。「精神的幸福度、身体的健康、スキル」という3つの分野をそれぞれ2つの指標でとられているデータとなっていますが、阿部先生のコメントから個人的に気になったことを書き出してみようと思います。
精神的幸福度は生活満足度、自殺率の2つの指標が取られていますが、生活満足度については、この5年で改善がみられました。生活満足度に影響しやすい要素にはSNSの利用頻度やいじめ、親との会話量が関わってくるとされていますが、そのうち特に親との会話量が日本は最低値となっています。これは私たちの体感値とも近く、支援する子ども・若者は家庭内の交流量が少ないというケースが非常に多く見受けられます。
また、スキル分野は学力スキルと社会的スキルに分けられています。このうち、社会的スキルにおいて「学校で友だちを作るのは簡単」と答えた子どもの割合が41か国中29位という結果だったことが興味深いです。報告書では、家庭の社会経済的背景との関連の指摘もあるということで、日本における「家庭」がもつ課題が浮き彫りになってきているような印象を受けます。
先日、育て上げネットを訪れた方から「家庭に課題があると思うんだけど、これを抜本的に解消する方法はないのか」と問われ、陪席していた私は答える立場ではないながらに、すごく悩みました。
支援の現場の話をいろいろと聞いていると、現状はその家庭なりに努力をしてきた結果であって、「家庭の問題だから」と矮小化しても改善はみられないだろうということ。そして、厳しい家庭ほど頼れる友人や仲間も少なく、また、その時間的・精神的な余裕もないことが多くなり、たとえ課題からアプローチしても対症療法的な対応しかできないだろうということ。課題の解決には切り口をまったく切り替えた対処が必要なのでしょうが、そんな方法があるのかというと、私の中には「答え」がありません。
就労支援という立場から10年ほどこの世界を見ていて、少しずつその視野は変化してきましたが、近々私たちの視線は「家庭」というところへと向かっていくかもしれません。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)