若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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推しマンガ家の新作が「生きづらさ」理解の
入門書としてよかった話
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
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推し活なんて言葉が日常用語になってきましたが、私にも新作が出ればなんであれ無条件で手に入れるマンガ家さんが何人かいます。作品の評判の良い悪いはあまり関係ありません。仮に悪かったとしても、その作家さんの現在に触れるような感覚で、勝手に人生を追いかけているイメージです。
先日、日本橋ヨヲコ先生が新作を出されました。この方も推しのひとりであり、考えるまでもなく電子書籍を購入。子どものころに兄の書棚にあった『極東学園天国』から、今までずっと人生を支えてくれる方です。
新作の『喫茶牢獄』は、過去の体験からパニック発作をもち、ひきこもりがちでどこか社会との距離を取りながら生活する主人公と、心を病んでいる者だけが立ち寄ることができる喫茶店を営むマスターを中心に据えたストーリー。
例えば、主人公は人前に出ようとするときには「擬態」をします。わかりやすく言えばファッションやメイクではあるのですが、買い物に行くときには派手な格好で他者を寄せ付けないようにしたり、知人に会うとなれば周りが期待する人格像を損なわないように「元気そうな自分」を見せる。そうして擬態した外見を完璧にこなすのです。
昔から仮面を被って⋯という表現はありますが、現代の若者の感情を表す意味で、擬態はとても良い言葉だと感じます。先日NHKで放送されたコスメ店の密着番組でも、多くのお客さんが「化ける」「本来の自分を超えた自分になれる」と話すのを見て、本質的な自己の姿ではない何かでありたいという願望はあるように思います。
ただ、コスメ店のお客さんと『喫茶牢獄』の主人公の大きな違いは、お客さんは本来の自己を見られないようにして社会とのつながりを作るポジティブさがあるけれど、主人公は擬態をすることで、そうしてでも無理に社会とつながり、逆に疲弊したり、生きづらさを持っているという点でしょうか。自分らしく生きられないという苦しさではなく、空気を読むことに強く疲弊してしまっているようで、こうした若者は私たちの支援の場にもかなり多くみられるように感じます。
興味深いのは、主人公はそんな自己を第三者的に認知していて、自分と同じように心を病んでいる人が喫茶店に来訪してくると、小気味よく「なぜそうであるのか」を説明していくのです。一般的にはラベリング効果と呼ばれるものかもしれません。専門家ではないので断定は控えますが、そうして自分の状態を説明されることで癒しを感じるケースもあります。
話がそれますが、『喫茶牢獄』は若者たちの抱える「生きづらさ」の背景的理解や解消の難しさが軽いタッチで描かれているのですが、私はこうした作品を読み進めるのがしんどくなってきています。これらに限らずアカデミー賞を取った社会派映画⋯なんかも実はそうです。日々の仕事からの逃避をマンガ作品に期待しているからで、逃避先のはずのマンガを仕事と紐づけてしまうことが得意でありません。ただ、逆に言えば、そうした作品群は私たちのような支援団体が日常的に触れる「生きづらさ」を理解する入り口として良書だとも言えるでしょう。
『喫茶牢獄』はまだ連載が始まったばかりですから追うのも簡単ですので、ぜひ手に取って読んでみてもらいたい作品です。そして、他者との関わりが人生の苦しみになっている描写もあるものの、それと同時に癒しもまた対話の中にあるということが描かれています。私は対話の相手が人である必要はなく、こうした作品であることも大いにありうると考えています。
なにか生きづらさを感じているとき、書籍を通じて自分を振り返ることができたならそれでよくて、結果的に「実際に人に相談してみよう」と思えたらそれはそれでうれしいのです。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)





