若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
5-25-2
父親と母親
~働き出したら父親と~
工藤 啓(くどう・けい)
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進学や就労の相談を受けて感じるのは、「母親には褒められたい、父親には認められたい」という若者の考えです。特に男性にその傾向が強く見えます。受験合格の日までは、悩みや不満などは母親に伝え、合格したとき初めて父親に報告をします。仕事に就くのも同じです。就職活動中は母親に近況報告をし、就職先が決まったときはまず父親と話をしたいと思っています。
私の団体では、若者の社会参加と経済的自立を支援していますが、ここに通う若者もまた、同じようなことを言います。自宅でひきこもりがちなときは、家族との団欒はあまりないのですが、ここに通うようになると母親との会話が増えるようです。本日の研修内容や、帰宅途中でみんなと食事をしたことなどを、最初はボソボソっと話します。しばらくはそのような状況が続きます。父親との関係はあまり進みません。
しかし、仕事に就くことが決まると、彼らは勇気を振り絞るように父親に報告します。アルバイトをすることになった、とか、正社員の仕事に就くことが決まったと、以前よりは自信を持ち、胸を張って伝えます。そのとき父親に期待しているのは、「よかったね」「がんばったね」というこれまでの経緯を褒めてもらうことよりは、「大変だけれど、一歩ずつ前進しなさい」「キツイかもしれないが、まずは3ヶ月踏ん張れ」といった、未来に向かって背中を押すような言葉です。
大学4年生のA君は、仕事がなかなか決まらず、ずっと苦しんでいましたが、努力の末、何とか小さな企業に就職が決まりました。途中、就職浪人やフリーターということも頭をかすめましたが、卒業間近の2月に職場と出会いました。安堵の思いで父親に報告をしたとき、父親の最初の一言が「なぜ、こんなにギリギリになったんだ?」でした。何気ない一言だったのかもしれませんが、A君にとっては大きなショックであり、言い直した父親の言葉は覚えていないということです。それ以来、父親との関係は冷え込んでいます。
同じような状況でも、B君が父親からかけられた言葉は「よし、一緒に飲みに行こう」という簡単なものでしたが、B君にとっては父親から一人前の大人として認められた証として、いまもかけがいのない言葉として残っています。
進学にせよ、就労にせよ、新しいステージにあがる若者にとって、父親の存在は大きなものです。いまは足元にも及ばないかもしれないけれど、いつかは肩を並べられるようになりたいという若者を前に、父親としてなさねばならないこと、それは苦言を呈することではなく、まず、認めることなのではないでしょうか。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか