若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
64-164-1
夏休みの使い方
~偶然の出会いを作ってみる~
工藤 啓(くどう・けい)
公開:
更新:
一年で最も長く登校することがない夏休みがやってきます。受験合格を目指して勉強に励むひともいれば、就職活動の準備をするひともいるでしょう。夏休みといいながらも、毎日部活で学校と自宅を往復することもあれば、海外に飛び出して世界の空気に触れることもあるでしょう。特に予定はない、というひともいるかもしれません。
時間割通りにスケジュールをこなす日常とは異なり、一日24時間を何に使うかは自由です。ただ、ノープランで過ごすことも、自分自身で完璧なスケジュールのもとに過ごすことも自由なのですが、せっかくの夏休みなので“偶然を味方につける”夏休みを提案してみたいと思います。
偶然を味方につけるといってもわかりづらいかもしれませんが、例えば、行ったことのないところに行ってみたいと思ったとき、私たちは自分が行ったことのない場所のなかから行き先を選びます。自ら選んでいるわけですから、その場所に行くことは偶然ではなく計画です。しかし、電車で居眠りをしてしまい終着駅で起こされてしまったとき、その場所に降り立ったことは計画ではなく偶然になります。
この偶然の出来事や出会いは、自分の知識や経験から選ぶこと以上に、予期せぬ経験をもたらします。見知らぬひとに助けてもらって感謝したり、たまたま入ったラーメン屋の炒飯が驚くほど美味しくて感動するのも、偶然という出来事が感情を揺さぶるわけです。メディアで評判の旨いデザートが本当に美味しくても、それは美味しいとわかっていったので感動以上に、「本当に美味しかった」という確認作業になってしまいがちです。
そんな偶然を意図的に創り出すのはそれほど難しいことではありません。私は読書が好きなのですが、どうしても好きなテーマの本ばかりを選んでしまいます。それでは新しい本と出合うことができないと思い、時々ですが、本屋に入る前に「ドアの右手奥の棚、上から3段目の左から10冊目」と決めた場所にある書籍を買います。いわゆる、自分ルールで偶然を創り出し、考えて選ぶことがないようにします。
絶対に手に取ることはないだろう分厚い専門書や、幼児向けの絵本にあたったりします。自分で決めたルールですから、よっぽどのことがないと買わないはずのその本を買って読んでみると、思いもかけない良書に出会うことがあります。「○○駅から14駅先で降りてみる」とか、「ここから3番目に出てくるお店で昼食をとる」ということもやったことがあります。
必ずしもそこで素晴らしい経験が得られるとは限りませんが、歩くこともないだろう街をぶらついてみたり、自分では選ばないだろうお店で食事をすることは、ささやかな非日常を体感することができます。殻を破るとか、一歩踏み出すとかではなく、ちょっとした偶然に身を寄せてみる。この夏休み、そんなひと時を過ごしてみるのはいかがでしょうか。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか