そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

66-1

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一声かける勇気
~席を譲ることに躊躇なく~

認定特定非営利活動法人 育て上げネット 理事長
工藤 啓(くどう・けい)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
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それなりに込んでいる毎日の通勤電車。ふとした瞬間に前の座席のひとが降車すると、心のなかで「なんてラッキーなんだ」と微笑みながら座ります。乗降が終わり、視線を上げてみると、つり革につかまったひとが立っています。

それは高齢者であったり、松葉杖を抱えているひとであったり、マタニティーマークをバッグにつけている女性であったり。そんなとき私たちは、少なくとも「あっ、譲らなきゃっ」と思います。優先席であるかどうかは関係ありません。自分よりも座るべきひとがいれば譲るのは当然です。ほとんどのひとがそう思っているのではないでしょうか。

しかし、時々、私たちは座席を譲ることに躊躇します。視点を変えて言えば、何かが私たちに、席を譲ることを躊躇させます。それはいったいなんでしょうか。例えば、高齢者だと思って声をかけたところ、「俺はそんなにトシじゃない!」と言われたことはありますか。それとも「いえいえ、次の駅で降りますから。本当にいいですから」と声をかけたものの、かたくなに断られた経験がありますか。

期末テスト前で昨夜は寝ていない。部活で遅くまで練習があったので疲労困憊である。自分は若いかもしれないけれど、電車内の誰よりも疲れているのだから、たまには寝てもいいだろう。誰でも譲ろうとして断られたり、本当に疲れていて眠りたいときはあります。自分が譲らなくても、誰か近くの人が譲るかもしれません。

それでもやはり、私たちは自分よりも身体や立場、状況が苦しいひとには躊躇なく席を譲りたいものです。席を譲らなくてもよい理由は誰からも問われていません。にもかかわらず、心の中はモヤモヤしながら、譲らなかった自分の正当性を見つけようとします。

私もそういうことが多々あります。人間それほど強くないのかもしれません。それでも勇気を出して、「座られますか?」と一声かける。相手が譲られても、そうでなくても、あのモヤモヤ、自己正当化のための理由探しに比べたらすがすがしいものです。そしてできることならば、躊躇なく座席を譲るひとには、心の中でもいいので、心から拍手を送りましょう。そういう社会になれば、きっと私たちはもっと安心して日常が送れるはずです。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか

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