若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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さりげなく優しい社会
~マタニティーマーク~
工藤 啓(くどう・けい)
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8月に子どもが生まれました。双子です。一卵性双生児なので、同じDNAを持った双子です。最初は全然見分けがつかなかったのですが、2か月もすると違いがわかってきました。まったく同じなどということはなく、少しずつですが個性のようなものも出てきたように思います。
切迫早産のリスクがあったため、妻は長期にわたって入院しましたが、母子ともに無事に出産をすることができました。そして妻は「マタニティーマーク(リンク:厚生労働省/マタニティーマークについて)」をバッグから外しました。
街中や電車のなかでマタニティーマークを見かけたことはないでしょうか。もしかすると、既にお腹が大きくなっている女性がつけているものという印象があるかもしれません。お腹が大きければマタニティーマークがあるなしにかかわらず、座席を譲ったり、荷物を持ったりと手を差し伸べているでしょう。
妻や出産経験のある女性と話をすると、本当につらいのは、まだお腹が目立つほど大きくなっていない時期だと言います。妊娠によるつわりや体調不良、貧血症状があると満員電車はもちろんのこと、日常生活そのものがつらくなるそうです。しかし、外見からはとてもわかりづらい時期でもあります。
なかなか「譲ってください」とは言いづらいなか、「マタニティーマーク」に気がつき、そっと「どうぞ」と声をかけられたときの“ありがたさ”は言葉にできず、声なき声として「気がついてくれて本当にありがとう」という気持ちでいっぱいになるそうです。
もう半年ほど前ですが、比較的込んでいた電車で座っていると「マタニティーマーク」をバッグに着けた女性が前に立ちました。そして「どうぞ」と座席を譲ると、特に御礼を言われることもなく、その女性は自宅のソファーに倒れるように席に座られました。
私は、一番つらい時期は外見からはわかりづらいことを教えてもらっていたので、「あぁ、本当にシンドイのだな」と思いながら、雑誌を広げました。隣で立っていたひとは、その女性の対応にやや怪訝な表情を浮かべていました。
もし、その時期のつらさを知らなければ、「席を譲ったのに何も言ってもらえないんだ」と考えてしまっていたかもしれません。言わないのではなく、言えないくらいつらい時期があることを理解しているだけで、まったく感じ方が変わりました。「譲ってください」「もちろんどうぞ」「ありがとう」といった会話が気軽にできるといいのですが、さりげない配慮や優しさのある社会もまんざらでもないなと思うわけです。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか