若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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「やってみる」ことの大切さ
~小さな挑戦を続ける~
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
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普段あまり小説は読まないのですが、朝井リョウさんの作品は本になるたびに買っています。これから就職活動という大学生のとき、まさに大学生の就職活動をテーマにした『何者』が直木賞を受賞して話題になっていました。
当時、リーマンショックという世界中が影響を受けた不況状態で、就職活動に苦心していた先輩たちをみていて、興味本位で手に取ったのがきっかけです。
この『何者』の読後感が非常に悪かったのです。それはグロテスクな映画で感じる気持ち悪さのようなものでもないし、ご都合主義のような展開の粗さによるものではありません。
友人・知人とリンクしてしまうほど「普通」の登場人物たちの日常が描かれるなか、ページを重ねていくと、周りに知られたくない、知られてはいけない本心を抱えていることが分かっていきます。
次第にその描かれ方は露骨さを増して、一瞬でも「あの人っぽい」と知り合いの顔を思い浮かべてしまった自分を後悔し、自分自身にもそうした知られたくない影があることを自覚してちょっと落ち込んだりもします。
読まなければこんな気持ちにならなかったのに⋯としばらく引きずられるのですが、どこか怖いもの見たさと赤裸々な本心が暴かれていく展開が魅力的で、次の作品を楽しみにしてしまいます。
前置きが長くなってしまいましたが、これは前の記事で書いた「やってみる」のひとつです。普段読まない小説に手を出してみる⋯という試みです。
このチャレンジでは、朝井リョウさん以外の作家にまでは拡大することはありませんでした。でも、マンガや映画と比べて文章だけの非常に限られた情報だけで、これだけ読者の心をざわつかせるコンテンツがあると知れたのは大切な経験です。
こうやって、傍からみたらチャレンジとは言えないような小さなことも含めて、年に1つくらい何かしています。最近はコロナ禍で余裕ができたので動画編集をやってみたり、長い間使っていた鞄がボロボロになってしまったので裁縫を覚えようとしてみました。
小説と同じように、動画編集にも裁縫にも気づきがありました。
最近は映画やテレビを観ても作品そのもののストーリーより「どうやって撮っているのだろう」と技術にばかり気持ちが揺れてしまうし、裁縫からは日常何気なく使っている衣類に人類の歴史の集大成とも思える技術が詰まっていることを知り、もっぱらドキュメンタリー番組を観てばかりです。鞄はいつまでたっても直りません。
他にもいろいろ試してきて、自分が好きだと思っていた「物作り」は十分な理解ではなくて、本当に好きなのは「物の構造」であるといまさら自己理解が進みました。
朝井リョウさんの小説は、心をざわつかせるための話の作り方が詰まっています。それが理解できたとしても同じような作品は作れません。でもそこにある仕組みを学ぶことで、普段の仕事に活かしたりすることができます。
長々と私自身のことばかり書いてしまいましたが、30年も生きてから「自分でも知らなかった自分」に気づくこともあります。やりたいことが見つからないという方も、進学先を決めかねている方も、今の自分が興味をもってできそうなことを見つけてみてくださいね。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)