そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

75-2

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もし自分だったらどうする?
~それでも進学を選びますか~

認定特定非営利活動法人 育て上げネット 理事長
工藤 啓(くどう・けい)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
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いまや高校卒業者の半分近くが大学に進学しています。短大や専門学校などを併せると70%を超える進学率です。日本は世界でもトップクラスの学費の高さです。ほとんどの進学希望者は、保護者に学費の全部または一部を支払ってもらうのではないでしょうか。一方で、簡単に支払える金額ではないですから、同じく学費の全部または一部を奨学金制度を使って、未来の自分から資金を借りる計画のひともいるかと思います。

先日、ある企業の奨学金審査会に委員として出席してきました。その対象者は、里親家庭で養育され、奨学金を活用して大学や専門学校に進学したいという高校生です。里親制度について詳しくは書きませんが、特別な事情により両親と暮らすことができない、または、両親と暮らすことで心身が危険にさらされると判断された子どもたちが、里親と呼ばれるひとの家庭に入って暮らすものです。

彼らもみなさんと同じく夢や目標を持って進学したいと考えています。しかし、統計的なデータを見てみると、“そのような環境”にある高校生の大学進学率は10%程度と、著しく厳しいものになっています。これは生活費や学費を自分ですべて準備しなければならない経済的なものや、当たり前に勉強ができる環境や、安心で安全な生活を送ることができなかった経験的なものが影響しているものと思われます。

この奨学金の申請書には、進学希望先や理由に加え、自らの生い立ちを綴った作文もあります。また、進学後、大学などで勉強しながら、生活費や学費をどのように確保するのかを記載することも求められます。実際、どんなに節約しても毎月20万円前後の収入がなければやっていけません。学生が学校に通いながらそれだけの金額を稼ぐのはほぼ不可能ですので、いろいろな奨学金に申請書を送っています。私が審査をしている奨学金は返済する必要がないものですが、他の多くは未来の自分からの借金として、卒業後に働きながら返していきます。

みなさんのなかにも里親家庭で育つ高校生がいるかもしれませんが、そうでないひとが圧倒的に多いと思います。もし、自分自身が生活費も学費も全部稼ぎ出さなければならないとしたら、大学進学を選びますか。それとも高校卒業と同時に就職することを選びますか。

昨年の奨学生とも会って話をしましたが、自分の苦しい生い立ちをなかなか友人に話せないという学生がいました。そもそも里親が知られていないこともありますし、友人として受け止めるには重過ぎる話ではないかと心配していました。また別の学生は、居酒屋で飲み会しようとなると金銭的に苦しいので、家飲み(宅飲み)がとてもありがたいが、恥ずかしくて言い出せないと話していました。

自身がその状況になかったとしても、ほんの少しだけ想像力を持って、自分とは異なる立場のひとのことを考えるだけで、もしかしたら、まだ出会っていない友人は安心してみなさんと付き合えるかもしれません。その意味で、「もし自分だったら」と考えることは、自らの人生を豊かにする問いなのかもしれませんね。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか

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