そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー

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婦人科で実感する
「知ることが最初の支援」の意味

認定特定非営利活動法人 育て上げネット
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
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街中を歩いていて目に留まる、ビルや郵便ポストへの落書き。思えば、あれを書いている現場に出会ったことがありません。当然、人目につく時間ではないだろうし、真夜中・未明に行われているのでしょう。「未経験」が街中を歩いているとたくさん見つかります。何日も放置された自転車には札がつけられていました。これもやったことがありません。どれも意志決定の土俵に上がってきたことがない行為です。

若者支援の場では、自身は未経験のことがたくさんあります。児童相談所を利用したことがある、友人宅に居候したことがある、少年院に入ったことがある。どれも私の人生の選択肢に挙がってきませんでした。

思えば、そういう経験をしたことがあるという方にも出会っていません。もちろんプライベートのことですから、秘密にしている方もおられるのでしょう。

先日、訳あって婦人科に行くことがありました。平日の日中だというのに、小さなロビーにはたくさんの人が呼ばれるのを待っています。ほとんどは女性ですが、男性も数人混じっています。おそらくは不妊治療を受けている方がいらっしゃるのだと思います。正直、面食らってしまいました。そうしたことに悩んでおられる方がたくさんいることは知っていたのですが、その実態はまったくもってわかっていなかったのです。最寄駅の大看板一面にそのクリニックは広告を出しているのですが、その理由がわかったような気がしています。

若者支援の場において、「知ることが最初の支援だ」という言葉をよく聞きます。残念ながらこのフレーズの初出は把握していないのですが、熟練の支援者たちはみな同じように言います。

おかげさまで、最近「若者たちの現状を知る機会が欲しい」という声をよくいただきます。メディアや行政・自治体、他団体や企業の方からも声がかかり、本当にさまざまです。思えば、65歳以上の高齢者の割合が約30%となり、10代は10%にも満たない現状で、若者はわざわざ見に行かないと見えないような人たちになりつつあるのでしょうか。

知っているつもりだけど、実はよく知らない⋯というのは厄介です。以前からひきこもりやニート状態の若者は、その言葉に根付いたイメージで語られることに苦しんでいます。当然、一人ひとりの成育歴も生きてきた環境も異なるので、「ひきこもり」と総括されてもその人のことはほぼ説明できていないに等しいのですが、世間はそうは見てくれません。

若者支援も同じように良くないイメージが持たれていることがあります。ひとつは「引き出し屋」と呼ばれる存在が多くの人たちの目に留まってしまったこと。家に乗り込んできて、本人の許可もなくドアをあけ、家から引き出していくような団体があります。

訪問支援は多くの団体で難易度の高い支援と認識されています。本人の許可がなければ行かないし、勝手に部屋のドアを開けるなんてもってのほかで、家から別のところに連れ出してしまうのはありえません。

しかしながら、そうした人権無視に近い団体がYouTubeやSNSで派手に情報展開をすることで、若者支援の団体や支援のあり方がそういうイメージになってしまっている面があるのではないかと不安になります。たまたま、その引き出し屋が当事者に訴えられ、賠償命令判決を受けたというニュースを見て、触れさせていただきました。

「知ることが最初の支援」とはこういう意図の言葉ではないかもしれませんが、若者支援のことを知りたいという方は、ぜひ、こうした悪質な団体ではなく各地にある若者を支える団体を実際に見て、ご判断くださったらうれしいなと思います。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか


認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)

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