そこらへんのワカモノ

若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏によるエッセー

91-2

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社会の見え方、見方
~社会の見方を少し変えてみる~

認定特定非営利活動法人 育て上げネット 理事長
工藤 啓(くどう・けい)
※組織名称、施策、役職名などは掲載当時のものです
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前回は、ある40代の男性の意見を引用し、「自己責任」について簡単に述べました。何度も言いますが、どのような意見を持つことも自由です。ですから、自己責任という意見を持つことは尊重されなければなりません。

しかしながら、貧しい家庭に生まれたり、子育てに疲れてしまっているひとたちなど、私たちの社会のなかで困っているひとたちのことを自己責任で片づけてしまうことに私は賛同できません。

そこで私は、「なぜこの男性は強い自己責任論を持ったのだろうか」ということに興味を持ちました。男性の意見を見るのではなく、男性がそのような意見を持った理由を想像してみたかったのです。

最初に、もしかしたらこの男性は厳しい家庭環境にありながらも、自らの努力によって人生を切り開かれてきたのかもしれないと思いました。歯を食いしばって自分も頑張れた。だから、みんなだってできるはずさ、という見方です。

次に、この男性はいまとても苦労されていて、記事にある子育てよりも、自分のことも見てほしい。助けてほしいと考え、余裕がないなかで他者に対して厳しくあたってしまっているのではないか、と考えました。

実際のところは知りようもありませんが、経済的に苦しく、未来に明るい希望が持ちづらい子どもたちがたくさんいるいま、強い自己責任論を言うなんてなんてひどい人なんだ! という見え方になるのも仕方がないかもしれません。しかし、そこで一歩立ち止まって、別の見方をしてみるのも大切なことだと思うのです。

車の免許を取ろうとしているとき、私は「かもしれない運転」と「だろう運転」という言葉を習いました。「かもしれない運転」は、もしかしたら赤信号でも子どもが渡るかもしれない。前の車はウインカーを出していないけれど曲がるかもしれない。だから気を付けて運転しようというものです。

「だろう運転」は、赤信号なんだから渡らないだろう。ウインカーを出してないのだからまっすぐ進むだろうと、目の前で見えているものをそのまま受け止めて運転をすることです。どちらが事故につながりやすいか言えば、「だろう運転」の方が危ない見方です。

同じように、この男性のような意見を見たとき、そのままに見る(見え方)のではなく、少し違った見方をしてみることで、新たな発見や示唆を得られるかもしれません。こういうことを想像力と呼ぶこともあります。いまたくさんの情報がテレビや新聞、ラジオやインターネットで流れてきます。それは誰かの見え方であり、必ずしもみなさんの見え方とは限りません。ある出来事や意見に対して、自分なりの見え方を考える上でも、想像力を持って別の見え方を探せるひとがもっと増えてくるといいですね。

認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか

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