若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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「困っている」若者の存在について
~認識のズレが生む誤解~
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
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前回、ある質問から、私たちが取り組む若者の孤立(ひきこもり・ニートなど)について「困っている」という言葉から掘り下げてみました。そして、私に投げかけられた問いを置いていきました。
「なぜひきこもっている人をわざわざ外に出すのですか?」という問いに対する答えを、これまでの経験から答えることはできますが、はたしてそれが正しいのだろうか⋯と。
ちなみに、たくさんの方に社会課題を知ってもらうことが役割である広報担当者の私が、普段はあまり発しない情報のひとつに「ひきこもっていても困っていない若者はいる」ということがあります。隠しているわけでも、知られてはまずいこともありません。発する機会が極端に少ないというだけです。
「ひきこもり」という状態を問題だと思っていない人も当然います。判断・処理が必要な事柄だと思っていなければ、そもそも困ることはありません。社会から孤立しているように見えても、その方にとって快適な生き方ならば、ひきこもりという状態は困りごとではありません。
極端な例ですが、孤島などで仙人のような生活をしている方がテレビで取り上げられるのをよく見かけます。彼らも取材に協力している以上、現代社会とのつながりを断ち切ることはできないのかもしれませんが、極力薄めたいと考える方がいるのは決しておかしなことではないように思います。
また、時代の変化で、ひきこもりであることが問題にならない方も出現しました。客観的には毎日家から出てこない人であっても、パソコンの先にはたくさんのフォロワーがいて、収入を得ている⋯なんてことも否定はできません。保護者向けの面談では、こういう新しい社会とのつながり方を説明して、理解していただくための時間をとることも増えています。
こうしてみていくと、当然ながらひきこもりという状態にあっても、それに困っていない方もおられます。そして前回の記事で書いたように、私たちは「困っている若者」とのつながりを作ることは得意ですが、そうでない方とつながりをつくっていくのは、少なくとも「支援する/される」という関係性ではないところにあるでしょう。
「なぜ」と聞かれれば理由があり、「ひきこもっている人」の事情は多様であるとすると、この質問が私を惑わせるのは「わざわざ外に出す」というフレーズのように思えてきました。
ほとんどの支援団体は本人の意思のないなかで、そういったことは一切行いませんが、残念なことに「わざわざ外に出す」人たちがいて、テレビでも良く取り上げられています。テレビといってもニュースではなく、バラエティやドキュメンタリの一幕で登場するのです。
いわゆる「引き出し屋」と呼ばれる人たちの問題は業界でも大きな波紋を呼んでいますが、多くのひきこもり支援団体が「当事者にメリットがない」と出演を断わるなかで、こうした人たちは率先してテレビに出演していきます。
もしかすると、質問された方にとって「ひきこもりの支援団体」というのは、そういうテレビで見るような悪質で人権を無視するような人たちに映っているのかもしれません。それであれば「なぜ、わざわざ」とおっしゃられるのも合点がいきます。
自分が関わりを深めるほど、そうでない方と見えている世界は変わっていって、そのズレを解消するための工夫が必要になるように思います。あのとき、質問をくださった方がこれを読むことはないのではないかとも思いながらも、違う形でこうしたズレが生まれるのではと思いましてこの場を借りて書かせていただきました。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)