若年者就労支援などの活動を行う、認定NPO法人「育て上げネット」理事長の工藤啓氏とスタッフによるエッセー
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「生きづらさ」の受容
~なぜ「ひきこもり」はダメなのか~
山﨑 梓(やまざき・あずさ)
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若者支援団体としては非常に密接だけれど、日常ではほとんど使わない言葉があります。「ひきこもり」「ニート」はその筆頭で、こうして文章にしたり、テーマが指定されている取材などでもなければ自分たちから発することは少ないです。
最近では「アンコンシャス・バイアス」(無意識の偏見、無意識の思い込み)なんて言葉もメジャーになりつつありますが、どれだけ注意していても、自分の経験則や持っている知識、無意識によって誤った理解や判断をしてしまうからです。
もう15年以上前になりますが、ニート問題にふれたメディアがひろった「働いたら負けかなと思ってる」というフレーズは、社会的な活動を自発的に拒否する人だという認識を色濃く残しています。
また、新型コロナウイルスが当初、地名のついた名称で呼ばれたとき、WHOが世界に対して注意喚起を出したのは記憶に新しいところですが、ネガティブに捉えられる物事と特定の人や場所が紐づいてしまうのは決して良い方向にはたらかないのです。
ただ、そうして呼び方に配慮をしよう、ネガティブな言葉と紐づかないようにしようとすると、情報が伝わりにくくなってしまいます。その言葉選びは時代とともに変わり続けてきた、そんな印象を持っています。
日本だけに限らず言えば、中国の若者の間では「寝そべり族」という言葉が生まれました。就労、非就労の区切りはないにしても「若者」という言葉が内含しているバイタリティや向上心のようなイメージとの対極にあるような表現です。
世界中でそうした言葉が生まれていくなかで、国内でさまざまな場面で聞くようになったのは「生きづらさ」です。発祥やどこから広まったのか、充分に調べられていませんが、ダイバーシティの意識の高まりとともに浸透するようになってきたように思います。いまや行政や自治体でも「生きづらさ」をキーワードにした言葉を使いますし、私自身も言葉選びに困ったときによく使います。
いままで「ひきこもり」や「ニート」という言葉を受け入れにくいと感じていた私が、なぜ「生きづらさ」には拒否反応がなかったのだろうか⋯と分析していくうち、ある本の一節に出会いました。
悩みを持つ人はかつて、その原因は自分にあると認識していました。悩みを解消するためには、自分で頑張って状況を変えなくてはならない。⋯⋯と、実際に頑張るかどうかは別にして、人々は思っていた。
対して「生きづらさ」という言葉からは、他人や社会のあり方など、生きづらさの原因は他者にある、とするムードが漂ってきます。
(『うまれることば、しぬことば』酒井順子・著/155ページより)
酒井順子さんの『うまれることば、しぬことば』(集英社)では「生きづらさ」が受容された過程をこのように捉えています。なるほど確かに、内発な事象ではなくて、本人の外にその責任を感じさせるのは、その適当さを感じます。
あらゆるものを自己責任でないと言い切ることはできません。ただ、責任を負うにはそれだけエネルギーも必要です。スタッフの言葉を借りるなら「頑張れる力」を持つまでは責任だけ抱えさせても良いことはないでしょう。
「生きづらさ」という言葉がある種の流行をしているのは、社会不安の強い現代には多くの人に当てはまって、共感のしやすい言葉であるように思います。
いままで社会にない事象が起きると、それに名をつけて、自分は違う、自分とは関係のない世界のことだと区分していくことは、一部の大多数の人にとって生きやすいことなのかもしれません。そうした時代を経て、SDGsでいえば「だれひとり取り残さない」社会としていくためにこれから言葉の変化というのもこの問題を捉える意味で大切なことではないでしょうか。
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 理事長
工藤 啓
1977年東京生まれ。2001年、若年就労支援団体「育て上げネット」設立。2004年5月NPO法人化。内閣府「パーソナルサポートサービス検討委員会」委員、文部科学省「中央教育審議会生涯学習分科会」委員、埼玉県「ニート対策検討委員会」委員、東京都「東京都生涯学習審議会」委員等歴任。著書『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『ニート支援マニュアル』(PHP研究所)、『NPOで働く-社会の課題を解決する仕事』(東洋経済新報社)ほか
認定特定非営利活動法人
育て上げネット 広報担当マネージャー
山﨑 梓
1990年生まれ。2010年から学生ボランティア団体で災害救援活動や地域貢献活動に参加。卒業後に育て上げネットに入職。ユースコーディネーターとして支援に関わりながら調査・研究を担当。現在は広報・寄付担当マネージャー。行政・自治体の若年無業者向けの支援に関わる技術審査員等歴任。共著に『若年無業者白書2014-2015』(バリューブックス)